南京大虐殺・従軍慰安婦強制連行の嘘

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Re: 通州事件 - 古本屋さん 登録証

投稿者: nyankotyanndamon 投稿日時: 2010/05/03 16:02 投稿番号: [33269 / 41162]
中でも悲惨を極めた旅館・近水楼での惨劇について通州救援の第2連隊歩兵隊長代理を務めた桂鎮雄証人の供述は次の通り。
  「近水楼入口で女将らしき人の死体を見た。足を入口に向け、顔だけに新聞紙がかけてあった。本人は相当に抵抗したらしく、着物は寝た上で剥(は)がされたらしく、上半身も下半身も暴露し、4つ5つ銃剣で突き刺した跡があったと記憶する。陰部は刃物でえぐられたらしく、血痕が散乱していた。帳場や配膳室は足の踏み場もない程散乱し、略奪の跡をまざまざと示していた。女中部屋に女中らしき日本婦人の4つの死体があり、全部もがいて死んだようだった。折り重なって死んでいたが、1名だけは局部を露出し上向きになっていた。帳場配膳室では男1人、女2人が横倒れ、或(ある)いはうつ伏し或いは上向いて死んでおり、闘った跡は明瞭で、男は目玉をくりぬかれ上半身は蜂の巣のようだった。女2人はいずれも背部から銃剣を突き刺されていた。階下座敷に女の死体2つ、素っ裸で殺され、局部はじめ各部分に刺突の跡を見た。1年前に行ったことのあるカフェーでは、縄で絞殺された素っ裸の死体があった。その裏の日本人の家では親子2人が惨殺されていた。子供は手の指を揃(そろ)えて切断されていた。南城門近くの日本人商店では、主人らしき人の死体が路上に放置してあったが、胸腹の骨が露出し、内臓が散乱していた」

(注)近水楼を襲撃したのは武装した黒服の学生団と保安隊であった。彼らは女中数名を惨殺、残る10数名の男女従業員・宿泊客に対して金品を強奪した後、全員を麻縄で数珠つなぎにして銃殺場に引き出し、処刑したのであった。
  その凄惨極まる処刑場の情況については、当時だれ1人これを知るものもなかったが、当日近水楼に泊まり合わせた同盟通信特派員・安藤利男氏が命がけで銃殺場から脱走し、北京にたどり着いた結果、世界はその実相を知ったのであった。
  安藤氏の手記は「続対支回顧録」に、体験談は寺平前掲書に収録されている。
  安藤氏の体験記は「通州の日本人大虐殺」として「文藝春秋」昭和30年8月号に掲載され、その後「文藝春秋にみる昭和史」第1巻(昭和63(1988)年1月)にも転載されたが、それには、いかにも戦後のものらしい解釈がつけ加えられている。

  支那駐屯歩兵第2連隊小隊長として7月30日、連隊主力と共に救援に赴(おもむ)いた桜井文雄証人によれば、
  「守備隊の東門を出ると、ほとんど数間間隔に居留民男女の惨殺死体が横たわっており、一同悲憤の極みに達した。「日本人はいないか?」と連呼しながら各戸毎に調査していくと、鼻に牛の如く針金を通された子供や、片腕を切られた老婆、腹部を銃剣で刺された妊婦等の死体がそこここの埃箱(ゴミばこ)の中や壕(ごう)の中から続々出てきた。ある飲食店では一家ことごとく首と両手を切断され惨殺されていた。婦人という婦人は14、5歳以上はことごとく強姦されており、全く見るに忍びなかった。旭軒では7、8名の女は全部裸体にされ強姦刺殺されており、陰部に箒(ほうき)を押し込んである者、口中に土砂をつめてある者、腹を縦に断ち割ってある者など、見るに耐えなかった。東門近くの池には、首を縄で縛り、両手を合わせてそれに8番鉄線を貫き通し、一家6人数珠つなぎにして引き回された形跡歴然たる死体があった。池の水は血で赤く染まっていたのを目撃した」
  実に悪鬼も目をそむける酷(むご)たらしい淫虐(いんぎゃく)の情景が次々と証言されて行った。それは正しく悪獣も及ばぬ極悪無道の所業であった。

  (注)お決まりの虐殺方式   上の東京裁判証言に明らかな如(ごと)く、通州事件でも、頭部切り落とし、眼球抉(えぐ)り取り、胸腹部断ち割り、内臓引き出し、陰部突刺など支那軍特有の猟奇的虐殺が日本人に対して行われている。日清戦争以来、お決まりの惨殺パターンと言ってよい。
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