戦争を始めたのも拡大したのも支那
投稿者: deliciousicecoffee 投稿日時: 2004/10/03 19:43 投稿番号: [3246 / 41162]
>品行方正な日本政府と関東軍ならば、なぜに他国へ宣戦布告も無くいきなり、押し入り、中国の首都を爆撃し、略奪、暴行の限りを尽くしたのでしょうかね?
7月に演習中の日本軍を攻撃してきたのは支那共産党(盧溝橋事件)。
すぐに停戦協定を結んだが、支那軍は停戦協定を破って戦闘を続け、8月には上海の国際租界の日本人居留区の包囲攻撃を始めた。
支那軍は南京などから爆撃機を飛ばして、上海のホテルやデパートを狙って爆撃したりもした。
上海戦の後も日本は南京にいる蒋介石に和平案を出したが、蒋介石はそれを蹴った。
つまり、蒋介石が南京の首都攻防戦を選択したのだ。
支那軍は上海から南京へ逃亡する際にも南京戦の前後にも、略奪や放火などを行い、それを日本軍の仕業に転嫁して宣伝をした。
これは メッセージ 3243 (oityantyan さん)への返信です.
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