南京の真実
投稿者: fukagawatohei 投稿日時: 2010/01/09 14:30 投稿番号: [30561 / 41162]
「下関の処刑場に近づくと、この日もまた、城内の方から、中国人を乗せたトラックが続々とやってきて、倉庫地帯に消えていた。
再び、警戒中の哨兵にことわって、門を入ったところ、前々日と同じような処刑が行われていた。そこで、ある種の疑問が生じた。それは、
「多数の中国人を、大した混乱もなく、どうしてここまで連れてくることができるか」ということであった。
そこで、処刑場の入口付近にいた一人の下士官に、その理由を尋ねた。
ところが、彼は何のためらいもなく、「城内で、戦場の後片付けをつせている中国人に、“腹のすいた者は手を上げよ”と言って、手を上げた者を食事の場所に連れていくかのようにして、トラックに乗せているとのことです」
と説明してくれた。
そこで、更に、「日本刀や銃剣で処刑しているのはなぜか」
と質問したところ、「上官から、弾薬を節約するために、そうするように命じられているからです」との答えが返ってきた。
このような処刑が、南京占領から2週間近くを経た後の25日と27日に手際よく行われていた。もっとも、26日と25日前と27日後にどのような処刑が行われていたかは分からなかったが (註
第30旅団長佐々木到一少将の手記によれば、12月24日までに約1万5千人以上、12月24日から翌年1月5日頃までに数千人を処刑したとのことである) 、2日間のことから察して、それが戦場にありがちな、一時的な、興奮状態での敵対行動であるとは私には思われなかった。
この日もまた、一連の処刑が、ある種の統制のとれた行動であるように感じた。」
これは メッセージ 1 (the_super_aikokusya さん)への返信です.
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