私の疑念
投稿者: n_o_i_s_e_m_a_n 投稿日時: 2004/09/17 14:23 投稿番号: [3045 / 41162]
私が不思議だったのは、南京で日本兵が起こしたと言う虐殺方法についてです。
その理由として「戦争は人間を狂気にする」から「人が変わったような行動をする」とまことしやかに説明されましたが、従軍日記等を読んでも、兵は明確な意思で行動を制御しているのがわかります。(そうでないと集団行動はできません)
また、「文化的にもともと持っていない」やり方をするというのは、余りに不自然です。
さらに、アジアカップでの日本人の態度でも分るように、「ひどいことをされたら同じようにやり返す」という習慣も乏しく、むしろそのような態度は「周囲からたしなめられた」ものです。このような日本人の精神的な文化性は、「今も昔もはっきり繋がっている」わけです。
しかし、もし「残酷な殺し方」や「報復の文化」を持つものが、南京に行き、占領された南京市民や中国兵を見たらどうするでしょう?そして、彼らに「責任は全て他人になすりつける性質」があったとしたら、どうなるでしょう?
ある民族の嘘のつき方のパターンは、大雑把に言えば「針小棒大型」です。「線香1本の火でもあればさも大火であったように広げる」のが得意です。(もちろん真っ赤な嘘もありますが)
別のある民族の嘘のつき方は、「転嫁(なすりつけ)型」です。まず自分が酷い行動をした上で、確信犯的にそれを相手や他人に転嫁するというものです。
なぜ、日本人は「そんなことをするはずがない」と断言していたのか。なぜ、中国人は「確かにあった」と断言していたのか。
基本メカニズムを当時の配置やイベントに従って組み立てていくと、全てのピースが収まるのが分ります。
(もっとも、さすがにこの辺は推測ですから、状況把握を徹底させなければ明言できませんが。)
これは メッセージ 3044 (n_o_i_s_e_m_a_n さん)への返信です.
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