南京大虐殺・従軍慰安婦強制連行の嘘

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Re: シベリア抑留 - 棄兵政策

投稿者: nyankotyanndamon 投稿日時: 2009/10/30 12:24 投稿番号: [30014 / 41162]
ソ連機密資料が示す“零下40度の極寒(マローズ)殺人”の状況証拠



  1945年8月15日、日本軍は無条件降伏し、武装解除に応じた。ソ連共産党・ソ連軍は、8月23日から、『トーキョー・ダモイ(東京に帰れる)』というウソによる“シベリア拉致”を、いっせいに開始した。シベリア拉致決定の正式文書は、戦後48年間見つからなった。それは、降伏8日後の1945年8月23日付で出された『国家防衛委員会の決定、モスクワ・クレムリン』だった。この機密資料は、1993年6月、ソ連崩壊後に、読売新聞社古本記者が、ロシア大統領直属の「クレムリン文書保存館」で発見した。その全文を、高木一郎が『征きて還りし兵の記憶』(岩波書店、1996年、P.10〜17)に載せた。題名は『日本軍捕虜50万人の受け入れ、配置、労働利用について』で、14項目と19細目にわたる詳細な指令である。「国家防衛委員会議長ヨシフ・スターリン」がサインをしている。



  「抑留者」は、兵士・民間人とも夏服・夏靴だった。日本人側は、「抑留者」と言うが、ソ連側は「軍事捕虜」と呼んた。ソ連共産党側は、1945年末から46年初めにかけて、冬のシベリアが、“零下40〜50度の極寒=マローズ”になることを当然ながら熟知している。しかし、『トーキョー・ダモイ』というウソをついての“拉致”であるからには、軍事捕虜にたいし「越冬装備・衣服の携帯」を指令するわけにもいかない。



  現地シベリア当局は、いきなり、約60万人から110万人の収容を指令されても、その施設・冬装備の準備もできていなかった。アルハンゲリスキーが『殺人事件』で、ソ連崩壊後の機密資料から、そのデータを書いている。長くなるが、そのまま引用する。これらの機密資料は、“零下40度のシベリア極寒(マローズ)殺人”の証拠文書である。



  『スターリンは最高命令者であったが、どこにどうやってこの膨大な数の人間を移送する気だったのか?   収容家屋も冬季用衣服、輸送手段、食糧備蓄もないのだ。護送隊さえ不足している。当初、満州では日本人が自分自身を護衛した……

  あまりにもたくさん実例があるから、証拠を引いても無意味なのだが……



  ハバロフスク州には十三万二千人を移送することになっているが、臨時宿舎は三十二人分しかつくらなかった。チタでは一万千四百五十人に対して五十五人分しかなかった。他地域もおして知るべしである。ケメロヴォの第五〇三ラーゲリでは、一万二千六百三十人の捕虜がいるが、冬用マットレス三千百九十個、毛布六〜七千枚、フェルト製防寒長靴二千九十二足、外套四千七百六十六着しかなかった。多くの者は、帽子、ミトン、靴下、足布さえなかった。調理場、食堂、風呂、洗濯場、消毒室、トイレ、ベッド、診療所もなかった。捕虜は列車で運ばれたり、数千マイルを歩かされた。現人神スターリンの命令に従わない者は、即座に銃殺だった。



  こんな状態でどうやって人員損失を避けることができよう?   タイシェトの第七ラーゲリと言えば、バム鉄道建設現場で最悪のものとされたが、ここでは一九四五年十二月に日本人が二百八十九人、翌年一月に三百八十九人、二月に三百十二人、三月に百七十九人がそれぞれ死亡した。冬季《人員減損率》は三二・九パーセントに達した。



  ペトロフ将軍は日本人抑留者用の配給食料をくすねて自分の家族にはたっぷり食わせているが、第五二五ラーゲリを視察し、モスクワ本部に次のように報告している。「毎月三百〜五百人死亡、冬季四カ月間に二千四百八十二人死亡、第五〇三ラーゲリでは二千百七十人、第二四ラーゲリでは、二千百九十九人死亡。新たな一団が到着した際、貨車に七十八体の死体を発見。移動中の凍死である」。



  一九四六年四月にペトロフがクルグロフ内相に提出した報告書にはこうある。「極東全州において捕虜受入れ用宿舎の供給率は一五〜二〇パーセント以下。一九四五年八月二十三日付国家防衛委員会決定は現場では実行されていない。沿海州、チタ州では日本人は掘っ立て小屋、夏用テント、暖房のない兵舎に収容され、冬もそこに留めおかれた。給食は準備されず、米・肉・野菜がなかった。医療は事実上なきに等しかった。鉄道・自動車輸送手段がなかったため、沿海州、チタ州などへは満州・朝鮮から徒歩で移動させた。たとえば、八千人からなる一つの縦隊は二千キロ行進し、その間食べ物、水、休息は一切なしだった」。
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