インドネシアの教科書では、、ね 2
投稿者: oityantyan 投稿日時: 2004/09/12 07:26 投稿番号: [2996 / 41162]
*天然資源と食糧の搾取
原材料は戦争が必要とする工業材料を得るために使われた.食糧の供給は特に軍人による消費の為の備蓄に向けられた.価格も日本軍政府によって決定された.それはモルッカ諸島でのオランダ東インド会社による香料の独占と、変わりの無いものであった.
戦争にあまり役たたないものの栽培は制限されたり,完全にやめさせられた.
例えば
スマトラでの煙草の栽培は壊滅させられ、ヒマの栽培にかえさせられた.ヒマは飛行機の潤滑油の材料として非常に重要であった.
必要性があるため依然として耕作が続けられたものにはキニーネ、ゴム,砂糖きびがあった.
森林は農地として利用するという理由で伐採された.森林伐採はジャワ島だけで50万ヘクタールにおよんだ.
農地造成のための場当たり的な森林伐採は結局のところ食糧増産にはつながらずそれどころか逆に収穫は減少した.思慮を書いた森林伐採は土地の侵食と洪水の原因となった.侵食は土地の肥沃度を低下させ,灌漑に不可欠な水源を涸れさせた、洪水は稲作を破壊した.
日本軍政府は軍隊の消費の為家畜を大量に殺した、その結果家畜の数は次第に減少し、田畑を耕すための家畜が居なくなってしまった.
民主は各自の庭でヒマの栽培する事を義務付けられた、その収穫は日本軍政府に引き渡さねばならなかった.これはオランダ東インド政府時代の強制栽培とどこがちがうのだろうか.結果的に耕地は減少し,農地で働く時間が不足してきた.
多くの民衆がロームシャ(強制労働者)にされた.こうして田を耕す労働力が減少していった.農業生産は減少したにもかかわらす,収穫の80%を日本軍政府に引き渡すように強制された.この結果民衆の間では食糧が大変不足し,飢餓の危機がいたるところで発生した.栄養失調で腹ばかりが膨れた多くの人々が死んでいった.
3へ続く
これは メッセージ 2995 (oityantyan さん)への返信です.
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