南京大虐殺・従軍慰安婦強制連行の嘘

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自分の家族を日本軍に虐殺された大統領

投稿者: fukagawatohei 投稿日時: 2009/10/27 09:27 投稿番号: [29937 / 41162]
日本の捕虜の命を助けた恩人である。

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ああモンテンルパの夜は更けて』が大ヒットしていた1952年12月25日、渡辺がニュービリビット刑務所を訪れた。吹き込み以来刑務所慰問の決意を固めてた渡辺は、国交が無いフィリピン政府に対して、戦犯慰問の渡航を嘆願し続けて半年後の事だった。

渡辺来訪を、作詞の代田銀太郎と作曲の伊東正康は開演前に対面し、歌を作ってもらった事に対し礼を述べた。

慰問のステージは、ドレス姿の渡辺が「蘇州夜曲」などの往年のヒット曲を歌い、ステージ終盤に『ああモンテンルパの夜は更けて』は披露された。この曲を聞いた100人近くの収容者は、死刑判決を受け刑が執行された戦犯たちの事を想い、またある人は望郷の想いを胸にし、皆感極まって涙し、最後には全員で大合唱となった。

作詞者の代田も、作曲者の伊東も涙を流していた。

その後、この歌のヒットや渡辺はま子をはじめ関係者の努力が、当時のフィリピン当局を動かし、1953年(昭和28年)エルピディオ・キリノ大統領の特赦によって戦犯の帰国が実現した。

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