南京大虐殺・従軍慰安婦強制連行の嘘

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731部隊の真実

投稿者: fukagawatohei 投稿日時: 2009/10/23 10:31 投稿番号: [29810 / 41162]
関東軍防疫部は、ハルビン市街の南東約15kmの平房に、背陰河の施設よりも堅固で本格的な設備を備えた施設を建設し、1938年から39年にかけて移転した。

1940年には「関東軍防疫給水部」と改称し、牡丹江・林口・孫呉・ハイラルに支部を持つようになる。

平房の本部は1941年に「満州第七三一部隊」と改称された(支部も合わせた関東軍防疫給水部全体は第六五九部隊)。

七三一部隊は4つの支部以外に、大連にあった南満州鉄道の研究所も傘下に収めて支部とし、さらに平房の約260km北の安達には細菌兵器の実験場を持っていた。

また関東軍は防疫給水部とは別に、新京(現在の長春)に「軍獣防疫廠」(1936年設立。1941年に「満州第一〇〇部隊」と改称)を持っていた。

ここは軍馬や家畜に対する細菌兵器の開発を担当しており、人体実験も行っていた。

平房の七三一部隊では、約6km四方の敷地に3000人あまりの人々が細菌兵器の研究・開発・製造に従事していた。

主要な施設の集まった地区は、高電圧電流が流れる有刺鉄線を張り巡らした土塀で囲まれ、外部から完全に遮断されていた。

中心になる建物は「ロ」の字型をしており、その内側に「マルタ」と呼ばれた被験者を閉じこめておく特設の監獄が二つ設けられてた。

背陰河では「マルタ」の脱走事件が起こったため、平房の特設監獄はきわめて厳重な構造になっており、ここから生きて出られた人は1人もいなかった。

ソ連参戦後の撤退時に生き残っていた被験者も、証拠隠滅のために全員殺された。
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