南京大虐殺・従軍慰安婦強制連行の嘘

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まんまと逃げおおせた731部隊

投稿者: fukagawatohei 投稿日時: 2009/10/13 11:01 投稿番号: [29528 / 41162]
日本軍の侵略によって最も大きな直接的被害を被った中国では、日本の降伏によって戦争が終わった後、蒋介石率いる国民党と、毛沢東率いる共産党の間で内戦が再発した。

そのため、日本軍の戦犯の追及は、共産党軍が国民党軍を打ち破って1949年に中華人民共和国が樹立されるまで、実質的に棚上げにせざるを得なかった。

その間に、中国で残虐な行為を行った日本人の多くが帰国してしまい、戦犯容疑者として捕らえられたのは、ソ連から引き渡された969人を除けば、山西省に残っていた140人だけだった。

中国の戦犯取り調べはきわめてユニークなものだった。

戦犯容疑者として捕らえられた日本人たちは、収容所に入れられたものの、強制的に働かされるわけでもなく、しかも中国人看守より豪華な食事すら与えられた。

1956年の6月から7月にかけて、瀋陽と太原で「中華人民共和国最高人民法院特別軍事法廷」が開かれた。

実際に裁判にかけられたのは、拘留中に死亡した47名、起訴猶予にして帰国させた1017名を除いた、45名のみ。

この中に含まれていた石井機関の幹部は、七三一部隊林口支部長だった榊原秀夫だけだった。

医学関係者の被告として他には、各地の陸軍病院で「手術演習」を行った軍医などが含まれていた。

判決もまた、きわめてゆるやかなものだった。

処刑されたのは1人もなく、有罪を宣告されても刑期満了前に釈放された。

こうして全員が1964年までに帰国した。

このように寛大な戦犯裁判の背景には、当時国際社会への復帰を急いでいた中華人民共和国政府の意向があった。

こうして、最大の被害者であった中国の追及をも悪運強く逃れることができ、日本の医学界は安心して、残虐な非人道的犯罪の実行者を要職に据え続け、戦後、薬害エイズという非人道的な犯罪を引き起こしたミドリ十字社の設立に至った。
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