夏服を着ていた日本兵
投稿者: fukagawatohei 投稿日時: 2009/09/29 14:29 投稿番号: [29306 / 41162]
>此等、文書によると、装備が不足していたなどと言うのは出鱈目である
嘘つきは古本屋さんなんだよ〜:
元毎日新聞記者
佐藤振壽
「大毎」の松尾カメラマンが、藤田部隊に従軍して中華門攻撃の写真を撮っていた。そんなことから少佐は「大毎」南京支局をよく訪れた。
たまたま私が中国軍将校の冬オーバーを入手して、それを着ていたところ、「佐藤さん、それをわしにくれんかね」と無心された。
一二月も下旬となると南京でも霜を置くような気温になるのに、藤田少佐はまだ夏服を着ていたのである。
階級章は中国軍の少将だったのを、少佐の階級章に直して着ていた。
[元毎日新聞記者
佐藤振壽「従軍とは歩くこと」12月20日の記事
「南京戦史資料集II」偕行社、1993年、p.630]
曾根一夫
南京攻略戦は御指摘のとうり、厳冬期である。軍隊が衣替えして冬服になるのは十月であったから、一二月の季節に夏服でいるのは不自然と思われるかも知れない。
しかし、それは平時の考え方である。戦地でもこれに準じて衣替えしたのはもちろんであるけれど、条件の悪いところではそうばかりゆかない場合があった。
これによって南京後略戦のときにも、出発までに支給ができず、八月下旬か九月上旬に内地から着用してきた夏服で従軍して部隊が沢山あった。
このように戦場では常識で割切れないことがあった。虐殺現場にいた兵隊が夏服を着用していても、おかしなことではない。
[曾根一夫「続
私記南京虐殺」彩流社、1984年、 p.84-85]
これは メッセージ 29305 (nyankotyanndamon さん)への返信です.
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