南京大虐殺・従軍慰安婦強制連行の嘘

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シンガポール虐殺 日経報道

投稿者: fukagawatohei 投稿日時: 2009/09/25 10:40 投稿番号: [29206 / 41162]
「命令は絶対」認められず――シンガポール華僑粛清

「BC級戦犯裁判」09.08.12日経新聞

アジアのビジネス、観光拠点であるシンガポール。その玄関口のチャンギ空港は戦前は海岸であり、多くの華僑が日本軍によって処刑された場であることを知る日本人は少ない。

1941年12月の開戦後、マレー半島に上陸した日本の第25軍は破竹の勢いで進軍し、翌42年2月にシンガポールを陥れた。中国戦線で抗日分子に手を焼いた経験から、山下泰文司令官は憲兵隊などに華僑の摘発を命じた。

容疑者の選別は「インテリ風」などあいまいな基準で行われ、裁判なしの即決処刑だった。犠牲者は日本側が認めた数で5千人。地元では4、5万人といわれている。

作戦開始当初、山下司令官は「今時大戦の目的は大東亜共栄圏の確立にありて、敵はあくまでも米英蘭なり。華僑は大東亜民族の一員にして当然味方なり」と粛清に反対していたが、幕僚の強硬な意見に押し切られたという。

各地区で銃殺や銃剣による刺殺などが行われ、船で沖合いまで運び、突き落として水死させる残酷な方法も採られた。粛清を起案したとされる辻政信参謀は「俺(おれ)はシンガポールの人口を半分にしようと思っている」(大西覚「秘録昭南華僑粛清事件」)と常軌を逸した指導をしたという。

英軍シンガポール裁判第118号事件の法廷で、責任者とされた河村参郎警備司令官は「警備隊地区全中国人を特定の集合地へ終結せしめ、42年2月21日から23日までに好ましくないものを処分すべし」との命令を供述。「抗日華僑は敵にして一般住民にあらず。弾圧処分は純作戦行動にして正当行為なり」と主張した。

弁護人の一人は裁判後の聞き取り調査で「特に強調したのは受命行為である点で、日本軍の命令の絶対性を強調して下級者の弁護を行った」と述べている。これに対して検事が「上官が赤ん坊を刺せと命じたら、これに服するのか」と質問したところ、ある被告は渋々ながら「命令は絶対。殺します」と答えざるを得なかった。

弁護人は「虐殺の事実は争うことはできなかった」として、「受命行為」を争点としたが、裁判所の見解は「違法な命令に従う義務なし」だった。47年4月、河村警備司令官ら2人が死刑、4人の憲兵将校が終身刑の判決を受けた。市民はこの判決を軽いと受けとめもう反発した。

別の弁護人は「本事件の内容については、ずいぶん日本軍がひどいことをやったものだと 慚愧(ざんき)の念が強かった。市内の法廷に通う被告や弁護団に対して民衆が投石したり、傍聴人が悪罵(あくば)を吐きかけたりしたが、もっともなことだと思った」と述懐している。

終身刑判決を受け、その後釈放された元憲兵少佐は聞き取り調査で「攻略戦直後の粛清は必要だった。しかし、検挙した者は刑務所に収容して取り調べるべきだった。その結果、裁判に付したならば、将来に禍根は残さなかった。粛清処分はやるべきではなかった痛感している」と話している。
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