第二陸軍病院本院
投稿者: fukagawatohei 投稿日時: 2009/09/20 09:16 投稿番号: [29171 / 41162]
>第二陸軍病院本院は、爆心地から1100メートル離れたここから北にありました。当時の入院患者は約750名、職員は約330名でした(説明板)。原爆炸裂後、第二陸軍病院は炊事場の煙突一本を残して全病棟が倒壊・全焼しました。辛うじて脱出した人も、数日のうちに死亡しました。1956年には「広島陸軍病院原爆慰霊碑」が、また、1977年8月6日には記念碑(738柱合祀=全陸軍病院、患者は約2000名と推定)が建立されました。
↑爆心地から1キロほどにあった陸軍病院の患者・職員とも全員死亡。>
古本屋さんは、どうしてオイラの父親がこの病院にいたって知ってるの?
第二陸軍病院って事は第一陸軍病院とか文院とか何箇所か広島市内に
陸軍病院とよばれる施設があったんじゃないですか。
オイラだってどこの陸軍病院に父親が入院したまでは知らないのに、
古本屋さんがかってに決め付けるのは軽率でしょう。
仮にオイラの父親がこの第二陸軍病院本院といわれるところに入院
していたとして、なんで古本屋さんが患者と職員が全員死亡したと
知ってるの?
爆心地500m以内でも生存者がいたってNHKの報道もありますよね。
だったら、爆心地から1,100mはなれたところで、生存者がいても
何の不思議も無いでしょう。
あんまり、知ったかぶりして人をウソつきよばわりするのは、古本屋さん
らしくないですよ。
ちなみに、そんなにオイラの父親のことに興味があるなら、50年位まで
遡って日本の新聞記事を全て調べてみたらどうですか。
そのなかに、オイラの父親の被爆体験が掲載されています。
古本屋さんなら、専門だからできると思いますよ。
これは メッセージ 29154 (nyankotyanndamon さん)への返信です.
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