Re: 南京の真実
投稿者: nyankotyanndamon 投稿日時: 2009/09/18 18:12 投稿番号: [29142 / 41162]
滋賀県琵琶湖環境科学センターより抜粋
午前9時50分、南京を出発した列車は、鎮江まで長江南岸に沿って走った。長江下流のデルタ地帯には、綿畑が沿線に続いている。進行方向右手には、高い煙突をもった工場がかなりみられた。12時40分、無錫到着。ここは、漢の時代から無錫県がおかれたところである。無錫は交通の結節点になっているためか、列車が着いたあと、駅の待合室から出てくる人の波は、延々と続いていた。これは、あるいは江南デルタの、人口扶養力の高さを示しているのかもしれない。
市街には、隋の煬帝が掘った大運河や支川が通る。輸送船が橋下を通過しているのを見ると、「南船北馬」という言葉も現実味を帯びて 迫ってきた。黄河・淮河・長江下流のデルタは、その縁辺部が相互に重なり合っており、多くの分流が作り出す水路は、古 来から舟運に利用されていた。大運河の建設は、こうした自然の水路を体系的に整備したものである。
江南には多くの湖があり、中国の大きい淡水湖の大半がこの地方に集中している。大湖は無錫の南にあって、面積2,425km2。長江の沖積作用で江南デルタが形成されたとき、海潮のまきかえす土砂が微高地をつくり、背後の窪地に水がたまってできたといわれる。土砂の埋積によって水深は浅くなって おり、現在、平均水深は2〜3mで皿状をなす。
長江下流は海抜差があまりなく、雨期と乾期で水位が10mも変化するため、デルタでは大洪水が発生した。唐末から宋代にかけて、江南デルタへの大規模な移住が行なわれた際、氾濫原が開発の焦点となり、湖岸には防潮堤がつくられた。水門によって水位を調節しているものの、周辺地区はしばしば水害に見舞われた。現在は、湖面の変動を2〜3mにおさえるため、長江沿いにダムが築かれている。
湖中にある70余の島々とそれらをぬって走る帆船の群れは、太湖の景観に美しい色どりを添えている。私の見た、12月上旬の太湖に枕む夕日は、湖面に映え て赤く、たそがれに静かな余韻を残していた。かつて、呉王夫差が西施とともに眺めた夕日も、あるいはこれと同じものではなかったかという思いは、旅情をかきたてるに十分であった。
これは メッセージ 29140 (anthony_749 さん)への返信です.
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