店ちゃんと731部隊の関係
投稿者: fukagawatohei 投稿日時: 2009/09/13 12:02 投稿番号: [29036 / 41162]
七三一部隊は旧日本陸軍の、医学者・医者を中心として構成されていた部隊だ。その発足から日本の敗戦によってその活動を終えるまでの十年くらいの間に約三千人の人々を生物兵器開発のための人体実験で殺していた。部隊の本部は中国ハルビンの郊外平房に置かれていた。
七三一部隊の発祥の地は東京だった。その母体となったのは陸軍軍医学校防疫研究室だった。防疫研究室は創設者の石井四郎(当時軍医大尉)が二年間の欧米視察旅行を終えて帰国した二年後、一九三二年八月に発足した。
関東軍防疫部は軍令「陸甲第七号」によって正式発足した。軍令は勅令と並んで天皇が発する命令だが、勅令と違って「公布」されるものではない。軍令は、「帷幄上奏」という閣議を経ないで参謀総長(陸軍)あるいは軍令部総長(海軍)による天皇への直接の申告に基づいた天皇の命令を言う。
天皇の命令が出るのは五月二一日以降だが、厚生省が一九八二年になって公表した部隊の記録は「昭和十一年十二月以前については省略」として「十二月五日、ハルビンで第二次編成改正完結」となっている。
このことは「陸甲第七号」によって命じられた編成改正が十二月五日に完結し、それは第二次の編成だった、と読むべきだろう。この第二次云々ということから、七三一部隊は天皇の承認を得る前から、半ば公的に活動していたと考えるべきだろう。
これは メッセージ 29026 (nyankotyanndamon さん)への返信です.
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