南京大虐殺・従軍慰安婦強制連行の嘘

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731部隊とミドリ十字

投稿者: fukagawatohei 投稿日時: 2009/09/06 19:13 投稿番号: [28897 / 41162]
七三一部隊は、日本と中国各地に分室を持ち、各大学医学部や医科大学と提携し共同研究を行い、スタッフはたえず医学部や医科大学から補給されていた。

一九四〇年日本軍は中国寧波で細菌戦を行った。

七三一部隊は空中から大量の蚤を散布し、ぺストを流行させた。

コンニャクで作った風船爆弾は、女子挺身隊などによって作られ、アメリカ西海岸に向けて飛ばされたが、風船のなかに細菌で汚染された虫類が入っていたという。

一九四五年三月石井四郎はふたたび七三一部隊長となり、日ソ戦争が近いとして、細菌兵器の大増産を開始した。こうしてペスト菌だけで一〇〇キログラムという大量の細菌と何トンものノミ、鼠類を貯蔵するに至った。

八月一日運び込まれた四〇本のマルタを実験なしに毒殺したが、石井は日本の敗北を覚悟していたものと言われている。八月八日ソ連は満州に進入、十日には青酸ガスでマルタを次々に殺害、また二人一組の自殺を強要した。

さらに建物には石油をかけ、燃料を爆発させ、ことごとく破壊し、マルタの死骸も焼却、標本等は松花江に投棄した。

七三一部隊は直ちに撤収したが、一部の隊員はソ連軍に逮捕された。石井四郎は飛行機で脱出、帰国した。帰国後も金沢市内を本拠とし日本各地の分室の処理を指示した。

石井は米軍と取り引きし、身の安全と引換えにペストなどの菌株、各種ワクチン、生体実験データなどの全資料を引き渡した。以後石井の消息は消えた。

ソ連軍は、関東軍司令官山田乙三大将らを裁判に付し、ソ連軍が押収した資料に基づいて細菌戦と七三一部隊の全貌を明らかにした。この裁判記録は日本でも知られたが、冷戦下のためか、大々的に取り上げられることはなかった。

しかし米陸軍のフォート・デトリック(生化学研究所)が、石井らを確保し、訊問したことは確実である。

米軍は以後細菌兵器の研究に着手し、朝鮮戦争(一九五〇〜五三年)の際、朝鮮北部及び中国満州で細菌戦を試みた形跡がある。すなわち一九五二年一月末から二月にかけて米軍機は大量の黒ハエ、ノミ、クモを散布した。

これを報じた中国新華社電は石井四郎、北野政次が、米軍とともに朝鮮に来ていると報道した。

一九四七年帝国銀行椎名町支店で、銀行員毒殺事件が発生した。犯人は厚生省技官の名刺を持ち、言葉巧みに銀行員に青酸性の毒物を飲ませた。

警視庁はある筋を追っかけていたが、米軍の圧力で方針を転換し、突如画家の平沢貞通を逮捕した。平沢は死刑が宣告されたが、本人は裁判で無実を主張した。

このある筋とは、もと七三一部隊であり、米軍の圧力により捜査方針を変更したと言われている。

また最近HIV問題で非加熱製剤を売りつづけたミドリ十字は、内藤良一ら、もと七三一部隊員らによって設立された日本血液銀行が前身である。

輸血用の保存血液は、手術の際不可欠だが、設立当初から職業的な売血者があらわれ、低質の血液を提供してもチェックしなかったり、血清肝炎併発者が増大しても放置していた疑いがある。

かれらは血液とか臓器について常識では考えられない感覚を持っているようだ。この会社に天下りをつづけてきた厚生官僚も同様である。

虐殺の系譜はまだつづいていたのだ。
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