南京大虐殺・従軍慰安婦強制連行の嘘

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シンガポール・マレーシア華人虐殺

投稿者: fukagawatohei 投稿日時: 2009/08/12 23:29 投稿番号: [28774 / 41162]
一九四一年十二月八日、日本軍は真珠湾攻撃の数時間前からマレー半島の上陸作戦と並行してシンガポールを空爆し、半島南下作戦の末、四二年二月十五日にシンガポールを占領した。

山下奉文司令官の第二十五軍は、直後の二月十九日に司令官名の「布告」を市内に張り出すなどし、中国系住民に二十一日正午までに指定地へ集合させた。

日本軍は「良民登録」のための「検証」だと説明したが、実際には「検証」現場を封鎖し虐殺対象者を選別した。

氏名を英語で書いた者や眼鏡をかけた者は「知識人」で「抗日」だろうといった基準で集めた人々を、トラックで人気のない海岸などに運び、まとめて殺害した。犠牲者には女性や子どもも含まれていた。

「華僑(中国系住民)粛清」と称したこの作戦の前後にも虐殺があった。犠牲者総数は不明で、五万人の処刑計画があったとの供述などが残っている。
マレーシアでも大規模虐殺が各地で実行された。

一九六〇年代、シンガポールでは工事現場などで大量の遺体発見が相次ぎ、犠牲者を悼む記念碑が建てられた。

碑文は四言語で、中国語では「日本占領時期死難人民記念碑」と刻まれている。

当時、冷淡な日本政府に怒った市民の「血債追討」(血の償いは血で果たせ)のスローガンなどから「血債の塔」とも呼ばれている。

日本軍がシンガポールやマレーシアでも住民を大量虐殺したことは、これらの国々の教科書が数ページにわたり記述している。

日本軍占領時代に家族や親族を殺害された記憶は、虐殺対象者を選別した「ケンペイタイ」(憲兵隊)などの語とともに、今も人々の心に焼きつけられている。
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