南京の真実
投稿者: fukagawatohei 投稿日時: 2009/08/07 17:08 投稿番号: [28743 / 41162]
中島日記から「捕虜はせぬ方針」の関連部分を引用する。
一、大体捕虜はせぬ方針なれば片端より之を片付くることとなしたれ共、千、五千、一万の群集となれば之が武装を解除することすら出来ず、唯彼等が全く戦意を失ひぞろぞろついて来るから安全なるものの之が一旦騒擾せば始末に困るので、部隊をトラックにて増派して監視と誘導に任じ、十三日夕はトラックの大活動を要したり。
乍併戦勝直後のことなれば中々実行は敏速には出来ず。斯る処置は当初より予想だにせざりし処なれば参謀部は大多忙を極めたり。
一、後に到りて知る処に依りて佐々木部隊丈にて処理せしもの約一万五千、太平門に於ける守備の一中隊が処理せしもの約一三〇〇、其仙鶴門附近に集結したるもの約七、八千人あり。尚続々投降し来る。
一、此七、八千人之を片付くるには相当大なる壕を要し中々見当らず、一案としては百、二百に分割したる後、適当のカ処に誘きて処理する予定なり。
これを読んで「捕虜はせぬ方針」が釈放の方針だと見なすことは不可能だろう。捕虜は片端から殺害するつもりだったが、あまりに数が多すぎて現場での処刑が難しい。
なので(いったん収容した後)手はずを整えて小分けにして殺害しよう。そのような意味だと受け取るのが自然である。
「此七、八千人之を片付くる」のに「相当大なる壕」がいるというのは、死体を処理するためか、あるいは壕に捕虜を入れて周囲から銃撃するためだと思われる。釈放するのであれば「大なる壕」など必要ない。
中島師団長の方針は命令として下達され、捕虜の即時殺害の命令として伝達され受け取られ実行された。
これは メッセージ 1 (the_super_aikokusya さん)への返信です.
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