南京大虐殺・従軍慰安婦強制連行の嘘

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Re: ボランティアでしょう慰安婦

投稿者: jumo0008 投稿日時: 2009/08/01 14:53 投稿番号: [28678 / 41162]
>戦前の日本にあった公娼制度が、


戦後も公娼制度はありました。
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売春防止法(ばいしゅんぼうしほう;1956年5月24日法律第118号)とは、売春を助長する行為等を処罰するとともに、性行又は環境に照らして売春を行うおそれのある女子に対する補導処分及び保護更生の措置を講ずることによって、売春の防止を図ることを目的とする日本の法律である。この法律の制定に伴い1958年に赤線が廃止された。

http://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%A3%B2%E6%98%A5%E9%98%B2%E6%AD%A2%E6%B3%95

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>廃業の自由や外出の自由すら女性たちに認めておらず、

国家総動員体制ではどの国でも同じだろう。
兵隊さんや軍属、徴用中の民間人に「廃業の自由」なんてないだろう。


<米軍、捕虜尋問調書翻訳文より抜粋>

1.接客拒否の自由
「   将校は週に夜7回利用することが認められていた。慰安婦たちは、日割表どおりでも利用度がきわめて高いので、すべての客を相手にすることはできず、その結果、多くの兵士の間に険悪な感情を生みだすことになるとの不満をもらしていた。
  兵士たちは慰安所にやって来て、料金を支払い、厚紙でこしらえた約2インチ四方の利用券を買ったが、それには左側に料金額、右側に慰安所の名称が書かれていた。次に、それぞれの兵士の所属と階級が確認され、そののちに兵士は「列をつくって順番を待った」。慰安婦は接客を断る権利を認められていた。接客拒否は、客が泥酔している場合にしばしば起こることであった。」


2.廃業の自由
「1943年の後期に、軍は、借金を返済し終わった特定の慰安婦には帰国を認める胸の指示を出した。その結果、一部の慰安婦は朝鮮に帰ることを許された。」


3.外出の自由
「彼女たちは、ビルマ滞在中、将兵と一緒にスポーツ行事に参加して楽しく過ごし、また、ピクニック、演奏会、夕食会に出席した。彼女たちは蓄音機をもっていたし、都会では買い物に出かけることが許された。」


http://a777.ath.cx/ComfortWomen/proof_jp.html
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