Re: な、・チャンて
投稿者: noga13391jp 投稿日時: 2009/03/21 14:22 投稿番号: [28286 / 41162]
> 天皇陛下の事だろ〜。> お前、ホンに責任の擦り付けばかりよの〜。> 天皇を歴史的に存続して来た日本国、そのお陰で大政奉還され、明治維新が出来た。> 日本国は幾ら封建制度が出来ても、皇室が残っていた。> お前の責任でも有るだろう〜。で、皇室が無くなっていた方が良いと言う根拠が良く解らんの〜。日本が敗戦した事でしか、理解できないがの〜。> お前、敗戦した日本の責任を天皇陛下におっ被せて自分さえ良ければの、偽善者としか思えんがの〜。
日本語を話す日本人にとって天皇制の廃止は容易ではないでしょうね。
それは、日本人が序列社会に住む序列人間だからです。
移民した日本人は、天皇制を廃止した日本人と考えることもできます。
日本人の力は、外国では日本人特有の真価を発揮しづらいですね。
私は、天皇制の廃止を願うものではありません。それは、我が国にもう一つ世界文化遺産が存在するようなものだと考えております。
日本人の迷いを天皇制に帰すのは、考えの拙さから来るものと考えられます。
日本語には人称 (person) がなく、日本人には自己 (第一人称) がありません。
日本人の自己 (self) は「わたくし」、「わたし」、「わし」などとあくまでも情況次第 (situational) で変化します。
だがしかし、全ての日本人は、天皇陛下の前では「わし」ではなくて「わたくし」である。天皇は、我が国においての人間序列の最高位です。
日本語の文章がまとまらなければ、日本人の考えはまとまらない。
自己に関する階称を含む文章が出来なければ、自己の考えは成り立たず、つかみ所のない人間となります。
だから、日本人は、絶えず自分の上のものを求め続けている。これは、日本語を使う国民の合意のようなものでしょう。
ちょうど、これは私が小学校で「ねずみの嫁入り」を習ったときの考え方に似ています。
日本語には、階称 (言葉遣い) がある。階称を使えば自己の呼び名も相対的に定まる。
だが、階称を使うためには、序列づくりが必要となる。自分自身が序列人間であることは、必要なことである。
日本人には理性がないので、議論が出来ない。それで序列順位により物事を決する。
理不尽であると指摘を受けたときには、序列の存在を使って正しい判断をしたとの説明になったものとする。
納得いかない。だが、諦めるより仕方がないということか。
それで、何事にも天の声が大切である。わが国の敗戦も天の声で決まった。
だから、自己の恣意を相手に容認させるために、日本人には序列を定めるための争い (競争) が必要になる。
試験地獄のようなものである。序列争いがなくては、日本人の励みが出ない。
http://www11.ocn.ne.jp/~noga1213/
http://page.cafe.ocn.ne.jp/profile/terasima/diary/200812
日本語を話す日本人にとって天皇制の廃止は容易ではないでしょうね。
それは、日本人が序列社会に住む序列人間だからです。
移民した日本人は、天皇制を廃止した日本人と考えることもできます。
日本人の力は、外国では日本人特有の真価を発揮しづらいですね。
私は、天皇制の廃止を願うものではありません。それは、我が国にもう一つ世界文化遺産が存在するようなものだと考えております。
日本人の迷いを天皇制に帰すのは、考えの拙さから来るものと考えられます。
日本語には人称 (person) がなく、日本人には自己 (第一人称) がありません。
日本人の自己 (self) は「わたくし」、「わたし」、「わし」などとあくまでも情況次第 (situational) で変化します。
だがしかし、全ての日本人は、天皇陛下の前では「わし」ではなくて「わたくし」である。天皇は、我が国においての人間序列の最高位です。
日本語の文章がまとまらなければ、日本人の考えはまとまらない。
自己に関する階称を含む文章が出来なければ、自己の考えは成り立たず、つかみ所のない人間となります。
だから、日本人は、絶えず自分の上のものを求め続けている。これは、日本語を使う国民の合意のようなものでしょう。
ちょうど、これは私が小学校で「ねずみの嫁入り」を習ったときの考え方に似ています。
日本語には、階称 (言葉遣い) がある。階称を使えば自己の呼び名も相対的に定まる。
だが、階称を使うためには、序列づくりが必要となる。自分自身が序列人間であることは、必要なことである。
日本人には理性がないので、議論が出来ない。それで序列順位により物事を決する。
理不尽であると指摘を受けたときには、序列の存在を使って正しい判断をしたとの説明になったものとする。
納得いかない。だが、諦めるより仕方がないということか。
それで、何事にも天の声が大切である。わが国の敗戦も天の声で決まった。
だから、自己の恣意を相手に容認させるために、日本人には序列を定めるための争い (競争) が必要になる。
試験地獄のようなものである。序列争いがなくては、日本人の励みが出ない。
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これは メッセージ 28264 (konoyo_anoyo さん)への返信です.