日本太極拳協会 - 永富氏の証言
投稿者: fukagawatohei 投稿日時: 2009/03/15 14:52 投稿番号: [28141 / 41162]
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私は国士舘で剣道をやっていました。斎村五郎から習っていました。また、薙刀・直心影を修得し、それらを修徳館で教授もしておりました。
そのような関係もあり、日本の武術が最高であると信じておりました。
しかし、中国山西省太原で小さな子どもと遊んでいたときに、まったく相手にならなかったことがあったのです。
彼らの拳法の動きは私に大きな衝撃を与えました。太原で商売をしていた時期に張という先生について武術を習うようになりました。
「青年拳」というような名前でした。基本といえるでしょう。毎日、朝に体育場に通い、習うのが楽しみでした。一九四九年頃の話です。たくさんの人が武術を練習していました。
半年後には撫順の戦犯監獄に収容されました。そこで、満州国の国民勤労部大臣だった干鏡寿に太極拳を習うことになりました。
特別に許可をもらったのです。それは帰国するまで続きました。また、収容所には旧満州国の皇帝溥儀をはじめとして多くの人が太極拳や武術をやっていました。
戦犯釈放後は東京に戻ってきました。収容所で私が太極拳を習っていたのを知っている古井喜美という前の厚生大臣から太極拳を教えてくれるように依頼がありました。
お寺の敷地内で、何人かの人に教えるようになりました。それから日本太極拳協会を一九六三年に設立しました。私自身の活動期間は長くありませんでしたが、武道家や剣術家が興味をもって私のところへ来たものです。
現在の日本太極拳協会の前身です。
-中略-
水責め、火責め、あらゆる拷問にかけて情報を聞き出そうとして
その後に殺したのです。
本当に中国の人々に対して、申し訳ないことをしてきました。非道いことをやってきました。
中国の人は過去のことを知っている人は多くいますが、みなさんのように若い世代の日本人は、昔は昔で今は今というように、現在の日中関係だけに乗っかってしまっているのかもしれません。
ほんとうに日本の人々はこういう過去をしっかりと認識しなければなりません。どれだけ中国の人が苦しんできたかということを。
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これは メッセージ 28136 (nyankotyanndamon さん)への返信です.
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