テメーの部下も殺っちゃた石井ちゃん
投稿者: fukagawatohei 投稿日時: 2008/12/17 15:05 投稿番号: [26869 / 41162]
(google参照):
「秘密保持を徹底しようとする石井隊長は、撤退に際し、いざという時のために隊員たちに自決用の青酸カリを持たせた。
また「業務感染」(隊員の執務中に起きた感染事故のことをこう呼んだ)のために隔離入院していた保菌患者の隊員約40名を連れて帰れぬと判断、青酸カリの錠剤で殺害して、隠蔽を図った。
撤退中に新京近くで終戦を知った石井隊長は、復員後、内地での戦犯事実の発覚を恐れ、新京の駅と釜山港で隊員に対して、軍歴と業務内容、隊員相互に連結をとらぬこと、公職につかないことを厳命した。
七三一部隊の隊員と家族の復員は、軍事機密として扱われている。陸軍省軍事課が石井隊長にあてた通達が、防衛庁防衛研究所に残っている。
最少限の将校を金沢師団管区の司令部附にしたのは、再び部隊の召集をかける時は金沢に本部を置くことが想定されていたためであった。
その他のものを予備役としてほかへ転属させないように措置したのは、隊員の分散を避け、秘密の漏洩を防ぐためであったと考えられる。
隊員たちはそれぞれの上陸地から方面ごとに梯団を組んで帰省して行ったが、その後、全国を地方ごとにブロックに分け、そのブロックにおかれた連絡員がしばしばうけもち隊員のところを回って、隊長の厳命厳守を確認し、必要に応じては生活費を名目に金銭を与えて口封じをしていた。
その情勢を見て、秘密の暴露を脅迫の種にして石井四郎に金銭の無心をした隊員もおり、その石井宛の書簡がアメリカ国立公文書館に保管されている。
この隠蔽工作はその後も続き、GHQから各地の隊員に出頭命令が出て取り調べがされるようになってからは、戦犯訴追を恐れて下級隊員たちもいっそう口をつぐむようになった。
東京裁判が終わってからも、一九四八年に帝銀事件が発生、七三一部隊員への容疑が浮かんで捜査が進んだこともあって旧隊員たちは部隊のことについては一切緘黙し、家族にすらこの部隊にいたことさえも明かさないという隊員がほとんどだった。」
(も〜、めちゃくちゃでござりまするがな。)
これは メッセージ 1 (the_super_aikokusya さん)への返信です.
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