>結局、南京大虐殺関連写真の?
投稿者: oityantyan 投稿日時: 2004/08/24 06:11 投稿番号: [2643 / 41162]
>日本軍では、日記付けは強制されていたそうです。書く内容の制限や検閲もとりたてて受けなかったそうです。
ですから連合軍側では、捕虜や戦死者から得る手帳やノートに記された日記が貴重な情報源になったそうです。(日本兵捕虜は何をしゃべったか
文春新書)
このようなデタラメは止しましょうよ!
もし、仮に、日記や戦闘メモなどが制限されていなければ、日本軍の行動そのものがより、鮮明にはっきりと分かっていたはずです。
そのような公式ともいえる兵士の行動記録が無いために、あった?なかった?と絡み合っているのではありませんでしょうか?
>捕虜は何をしゃべったか
ここにも大きな勘違いがありますよ。
「生きて虜囚の恥ずかし目を受けず!生きてさいかの汚名を受けず、、、」という戦陣訓にあるように、日本軍兵士は捕虜となるな、捕虜になるなら死ね!と言うことでしょう。
ですから、死ねきれずに捕虜となった場合には、帰る国すら無くなるわけですから、当然、敵国へ協力して、洗いざらいの情報を提供したのですよ。
何も書き物を調べる必要など無かったでしょうね。
連合国兵士はに日本軍とは異なり、捕虜となった場合には、敵を攪乱そ、脱走することが任務となっているのです。ですから、最後まで、抵抗します。
哲学のある国とそうでない国との差が歴然としていますよ、、、と思いますが、、ね。
>南京虐殺あった派の人も、たびたび兵士の日記を根拠にしてるではありませんか。
これは兵士が、密かに書きつづったモノか、あるいは後日、記憶をたどって書きつづったものでしょう?
当然、当時発覚していれば、軍法会議にかけられ、命の保証も無かったモノと思います。
ほとんどの兵士は、次の戦場がどこであるかは、命令などでは知らされる事など無かったと聞いています。
戦場に着くまで、作戦、目的地名など秘密でした。
日本軍の軍律、組織を考えれば、分かると思いますが、、
これは メッセージ 2640 (tnkhss さん)への返信です.
固定リンク:https://yarchive.emmanuelc.dix.asia/1143582/fn5febg5tbba6a1a6bdbe730v0bix6afc0a9oa29ta4n13_1/2643.html