Re: 歴史を知らんのが多いな
投稿者: victor_e_frankl 投稿日時: 2008/07/18 17:03 投稿番号: [24709 / 41162]
>日本の言論人達(新聞社各社を含む)は、陸海軍の力を信じた。
日本の政財界も、陸海軍の力を信じた。
日本の右翼活動家の一部を除き、陸海軍の力を信じた。
「信じた」などという主観的な判断で、客観的に歴史を語ることはできない。
なぜなら、信じるということは客観的対象としての「何か」自体を変化させる行為ではなく、主観的に何らかの変化を及ぼす行為ということだからである。
先ず信じるということは、「何か」を信じるということであり、対象として認識されている何らかのものごとが既にあることが前提されているということは確かであろう。
そして、「信じる」が動詞であるとすれば、それはその「何か」に対する何らかの行為であるということであろう。一般的に、対象に対する行為というのは、その対象に対して何らかの影響を(直接的にせよ間接的にせよ)与えることであり、影響とはつまり何らかの変化を及ぼすということであろう。
このとき、行為によって対象に与える影響のあり方というのには、二通りの方向性が考えられるのではないだろうか。そのひとつは、その対象となる「何か」に(いわゆる客観的)影響を与え<それ自体(の形や中身)を変化させる>、あるいは<その状況を変化させる>行為である。そしてもうひとつは、その対象自体に(いわゆる客観的)影響を与えるのではなく、その対象を認識する主体の中でその“意味”や“価値”や“目的”などを変化させるような行為なのである。
これは メッセージ 24706 (nyankotyanndamon さん)への返信です.
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