Re: 支那が埋めた化学兵器(毒ガス弾)???
投稿者: deliciousicecoffee 投稿日時: 2008/07/05 02:25 投稿番号: [24361 / 41162]
>ホンデェ〜
張作霖の仲間
部下
兵隊みな
シナ人か?
笑っちゃうね。
そんなことは誰も言っていない。
満州の武装盗賊にも支那人と満州人などが居たし、満州の住民にも支那人と満州人などいろいろ居た。
ただ、満州国を建国したのは、満州諸省が独立宣言をして溥儀を迎え入れたように、満州人が中心になって行った。
>???防衛ってのは 侵略されて 初めて 言える言葉なんじゃないの?
オマエ馬鹿か?
そんなことを言っているのは戦後の日本だけだ。
自衛権は、関係国の主権のもとにある領土の防衛だけに限られてはいない。そして本条約のもとにおいては、自衛権がどんな行為を含むかについては、各国みずから判断する特権を有する。
パリ不戦条約(ブリアン=ケロッグ条約)締結時の米国務長官ケロッグ
我国の指導者たちは常に、我国の安全保障問題は我々の国境線に留まるものではないと考えてきた。モンロー大統領とそれ以後すべての大統領は、海を越えてくる侵略者の脅威から、米州諸国の独立を守るために必要ならば、力の行使も止むを得ないと考えてきた。
フランクリン・D・ルーズベルト
韓国の独立は、その戦略的位置に鑑み、日本の死命を制する大事であった。したがって、日本は韓国が名実ともに独立することを心から願っていたのである。しかしながら、独立は悪政につぶされた韓国国民の能力を超えるものであった。韓国が中国またはロシアの手に落ちるのを防ぐため、日本は2度の戦争を経て韓国を保護下におくことを宣言した。この実験は失敗した。そこで、1910年に締結した併合条約によって、日本は廃墟の上に新しい韓国を建設する責任を担ったのである。
水野錬太郎「現代の日本」1933年9月
古来、文明国家は海外の自国民とその権利、権益を適正な手段と理性の原則に則って保護するのを常としてきた。
コーデル・ハル、1938年3月17日
他国における自国財産権を保護するための戦争はすべて自衛行為
http://blogs.yahoo.co.jp/deliciousicecoffee/17895654.html
存亡にかかわる利益が脅かされた」と判断したら外国を攻撃する権利を持つ
http://blogs.yahoo.co.jp/deliciousicecoffee/18146977.html
自国の安全のために海外で武力行使することは自衛
http://blogs.yahoo.co.jp/deliciousicecoffee/18730661.html
ソ連の南下政策なんて しょっぱなから 無かった話だぜ。
あのさ、俺は資料を示して「あった」と言っているんだから、「なかった」と言うなら根拠を示せ。
それと、当時は「ソ連」ではなく、「ロシア」だろ。
日露戦争に至るまでの背景と経緯
http://blogs.yahoo.co.jp/deliciousicecoffee/4825194.html
>後年 ノモンハンで日ソの軍事衝突が日本軍の先制攻撃で始まったが、・・・
ノモンハン事件は、ソ連が国境侵犯したから始まった。
『ノモンハン事件の真相と戦果――ソ連軍撃破の記録―』小田洋太郎・田端元共著(有朋書院、2002年)
『ノモンハン戦場日記』ノモンハン会=編(新人物往来社、1994年)
を読め。
そんなことは誰も言っていない。
満州の武装盗賊にも支那人と満州人などが居たし、満州の住民にも支那人と満州人などいろいろ居た。
ただ、満州国を建国したのは、満州諸省が独立宣言をして溥儀を迎え入れたように、満州人が中心になって行った。
>???防衛ってのは 侵略されて 初めて 言える言葉なんじゃないの?
オマエ馬鹿か?
そんなことを言っているのは戦後の日本だけだ。
自衛権は、関係国の主権のもとにある領土の防衛だけに限られてはいない。そして本条約のもとにおいては、自衛権がどんな行為を含むかについては、各国みずから判断する特権を有する。
パリ不戦条約(ブリアン=ケロッグ条約)締結時の米国務長官ケロッグ
我国の指導者たちは常に、我国の安全保障問題は我々の国境線に留まるものではないと考えてきた。モンロー大統領とそれ以後すべての大統領は、海を越えてくる侵略者の脅威から、米州諸国の独立を守るために必要ならば、力の行使も止むを得ないと考えてきた。
フランクリン・D・ルーズベルト
韓国の独立は、その戦略的位置に鑑み、日本の死命を制する大事であった。したがって、日本は韓国が名実ともに独立することを心から願っていたのである。しかしながら、独立は悪政につぶされた韓国国民の能力を超えるものであった。韓国が中国またはロシアの手に落ちるのを防ぐため、日本は2度の戦争を経て韓国を保護下におくことを宣言した。この実験は失敗した。そこで、1910年に締結した併合条約によって、日本は廃墟の上に新しい韓国を建設する責任を担ったのである。
水野錬太郎「現代の日本」1933年9月
古来、文明国家は海外の自国民とその権利、権益を適正な手段と理性の原則に則って保護するのを常としてきた。
コーデル・ハル、1938年3月17日
他国における自国財産権を保護するための戦争はすべて自衛行為
http://blogs.yahoo.co.jp/deliciousicecoffee/17895654.html
存亡にかかわる利益が脅かされた」と判断したら外国を攻撃する権利を持つ
http://blogs.yahoo.co.jp/deliciousicecoffee/18146977.html
自国の安全のために海外で武力行使することは自衛
http://blogs.yahoo.co.jp/deliciousicecoffee/18730661.html
ソ連の南下政策なんて しょっぱなから 無かった話だぜ。
あのさ、俺は資料を示して「あった」と言っているんだから、「なかった」と言うなら根拠を示せ。
それと、当時は「ソ連」ではなく、「ロシア」だろ。
日露戦争に至るまでの背景と経緯
http://blogs.yahoo.co.jp/deliciousicecoffee/4825194.html
>後年 ノモンハンで日ソの軍事衝突が日本軍の先制攻撃で始まったが、・・・
ノモンハン事件は、ソ連が国境侵犯したから始まった。
『ノモンハン事件の真相と戦果――ソ連軍撃破の記録―』小田洋太郎・田端元共著(有朋書院、2002年)
『ノモンハン戦場日記』ノモンハン会=編(新人物往来社、1994年)
を読め。
これは メッセージ 24347 (todorigafuti さん)への返信です.