日中戦争で中国軍に日本軍惨敗
投稿者: japan_goma2000 投稿日時: 2008/06/20 08:47 投稿番号: [24100 / 41162]
http://www.ohmynews.co.jp/news/20080212/20854
http://www.ohmynews.co.jp/news/20080212/20864
下記表1. は、ランメル博士の『CHINA'S BLOODY CENTURY』(以下CBC)にある20世紀の中国で発生したデモサイドの犠牲者数をまとめたものである(注1)。ただし、共産党に関連する数字は、最近の修正を加味している(注2)。ここでは、この結果にもとづいて日中戦争について考えてみたい。
意外な数字
意外なことに日中戦争でのデモサイドによる犠牲者数は、日本軍による犠牲者数約395万、国民党による犠牲者数約590万と、国民党による数字の方が200万人近く多い。共産党の約25万も、決して小さな数字ではないが、今回は、国民党に注目しよう。
ランメル博士はこう指摘する。
「国民党支配下において、1000人中23人の中国人が殺害された、これは日本によるデモサイドの1000人中20人よりも多い。それだけではない、国民党によるデモサイドは、死亡者の数において、第2次大戦中にナチス・ドイツが行ったユダヤ人に対するジェノサイドとほぼ同等である。しかし、ナチのホロコーストが世界的に有名であるのに対して、国民党のデモサイドは、一般的にはまったく知られていないと言ってもよい」
ジェノサイドの比較研究で国民党に言及しているものは一つもない、と同博士は指摘している(注3)。
事件の概要
ランメル博士がとりあげた日本軍によるデモサイドの原因と犠牲者数は次のとおりである(注4)。
中国人戦争捕虜虐待=約40万人
三光作戦など=約20万人
中国人強制労働=約14万人
南京事件=約20万人
その他9万5000件にのぼる虐殺事件 約245万人
都市部への無差別爆撃 約35万人
細菌戦 約21万人
数値がやや控えめな理由を要約しておく。東京裁判では「南京事件」や他の虐殺に関する言及はあったが、「三光作戦」への言及は何もなかった。他の事件に関しても、よく耳にする「うさんくさい話」が本当ならば、数千万単位のデモサイド事件として、戦時中にもその事実が伝わるはずであるが、書かれた記録は何もない。一方、日本軍占領地域は、社会的にそれなりに機能していた現実もあり、虐殺は例外的な事態とみて慎重に扱うべき、などの理由である。
それに対して、国民党によるデモサイドはこうだ(注5)。
徴兵での虐待 約308万人
黄河決壊事件 約44万人
国民党原因の飢饉 約225万人
その他 約13万人
黄河決壊事件とは、1938年、日本軍の侵攻を阻止するために、国民党軍が河南省花園口(かえんこう)にある黄河の堤防を爆破した事件である。岩波現代中国辞典には、この洪水による被災者は約1250万人、死者・行方不明者は約89万人とある。
1942年から44年にかけて、河南省と広東省で旱魃(かんばつ)などの原因で飢饉が発生した。このとき国民党は日々食べる分にも事欠く貧農層に対して無差別に食糧の徴発や徴税を強行し、数百万人を餓死に追い込んだ。
劉震雲の『温故一九四二』は、餓死者300万人ともいわれる河南省の飢饉の背景を描いている。そこで引用されている「河南省三十一年度の食糧税の徴収は、厳しい災害のもとにあって極めて順調である」という当時の報道からも、重慶政府が被災者の救済よりも徴税や徴発を優先していたことがわかる(注6)。
国民党の徴兵制度にも問題があった。1400万人以上が徴兵された。しかし、その中の200万人近くは、逃亡や病気、死亡などの理由で、兵営に行き着くことすらなかったという(注7)。欠員を補うための通行人の拉致もあった。「新兵は臨時にひっぱってこられたので、逃亡を防ぐために縄でつないであり罪人のように扱われている」と語るのは、蒋介石自身である(注8)。
兵卒への虐待も横行した。食事は満足にあたえられず、けが人は放置され、餓死や病死が相次いだ。兵営では、兵士の死体が埋葬されずに転がったままのこともあったらしい(注9)。その実態はナチの強制収容所と変らなかった、と語る兵営勤務の医師もいたという(注10)。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
中国人を一番殺したのは中国人
毛沢東>蒋介石>>>>>>>>日本軍かな
四川地震でもインタビューで中国人が「日本人は中国人にやさしい!」と言っていた。
日本人は、これでまたウイグル人やチベット人に恨まれるな。
http://www.ohmynews.co.jp/news/20080212/20864
下記表1. は、ランメル博士の『CHINA'S BLOODY CENTURY』(以下CBC)にある20世紀の中国で発生したデモサイドの犠牲者数をまとめたものである(注1)。ただし、共産党に関連する数字は、最近の修正を加味している(注2)。ここでは、この結果にもとづいて日中戦争について考えてみたい。
意外な数字
意外なことに日中戦争でのデモサイドによる犠牲者数は、日本軍による犠牲者数約395万、国民党による犠牲者数約590万と、国民党による数字の方が200万人近く多い。共産党の約25万も、決して小さな数字ではないが、今回は、国民党に注目しよう。
ランメル博士はこう指摘する。
「国民党支配下において、1000人中23人の中国人が殺害された、これは日本によるデモサイドの1000人中20人よりも多い。それだけではない、国民党によるデモサイドは、死亡者の数において、第2次大戦中にナチス・ドイツが行ったユダヤ人に対するジェノサイドとほぼ同等である。しかし、ナチのホロコーストが世界的に有名であるのに対して、国民党のデモサイドは、一般的にはまったく知られていないと言ってもよい」
ジェノサイドの比較研究で国民党に言及しているものは一つもない、と同博士は指摘している(注3)。
事件の概要
ランメル博士がとりあげた日本軍によるデモサイドの原因と犠牲者数は次のとおりである(注4)。
中国人戦争捕虜虐待=約40万人
三光作戦など=約20万人
中国人強制労働=約14万人
南京事件=約20万人
その他9万5000件にのぼる虐殺事件 約245万人
都市部への無差別爆撃 約35万人
細菌戦 約21万人
数値がやや控えめな理由を要約しておく。東京裁判では「南京事件」や他の虐殺に関する言及はあったが、「三光作戦」への言及は何もなかった。他の事件に関しても、よく耳にする「うさんくさい話」が本当ならば、数千万単位のデモサイド事件として、戦時中にもその事実が伝わるはずであるが、書かれた記録は何もない。一方、日本軍占領地域は、社会的にそれなりに機能していた現実もあり、虐殺は例外的な事態とみて慎重に扱うべき、などの理由である。
それに対して、国民党によるデモサイドはこうだ(注5)。
徴兵での虐待 約308万人
黄河決壊事件 約44万人
国民党原因の飢饉 約225万人
その他 約13万人
黄河決壊事件とは、1938年、日本軍の侵攻を阻止するために、国民党軍が河南省花園口(かえんこう)にある黄河の堤防を爆破した事件である。岩波現代中国辞典には、この洪水による被災者は約1250万人、死者・行方不明者は約89万人とある。
1942年から44年にかけて、河南省と広東省で旱魃(かんばつ)などの原因で飢饉が発生した。このとき国民党は日々食べる分にも事欠く貧農層に対して無差別に食糧の徴発や徴税を強行し、数百万人を餓死に追い込んだ。
劉震雲の『温故一九四二』は、餓死者300万人ともいわれる河南省の飢饉の背景を描いている。そこで引用されている「河南省三十一年度の食糧税の徴収は、厳しい災害のもとにあって極めて順調である」という当時の報道からも、重慶政府が被災者の救済よりも徴税や徴発を優先していたことがわかる(注6)。
国民党の徴兵制度にも問題があった。1400万人以上が徴兵された。しかし、その中の200万人近くは、逃亡や病気、死亡などの理由で、兵営に行き着くことすらなかったという(注7)。欠員を補うための通行人の拉致もあった。「新兵は臨時にひっぱってこられたので、逃亡を防ぐために縄でつないであり罪人のように扱われている」と語るのは、蒋介石自身である(注8)。
兵卒への虐待も横行した。食事は満足にあたえられず、けが人は放置され、餓死や病死が相次いだ。兵営では、兵士の死体が埋葬されずに転がったままのこともあったらしい(注9)。その実態はナチの強制収容所と変らなかった、と語る兵営勤務の医師もいたという(注10)。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
中国人を一番殺したのは中国人
毛沢東>蒋介石>>>>>>>>日本軍かな
四川地震でもインタビューで中国人が「日本人は中国人にやさしい!」と言っていた。
日本人は、これでまたウイグル人やチベット人に恨まれるな。
これは メッセージ 1 (the_super_aikokusya さん)への返信です.