南京大虐殺・従軍慰安婦強制連行の嘘

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強姦の実体

投稿者: fukagawatohei 投稿日時: 2008/06/16 09:33 投稿番号: [24044 / 41162]
(google参照)

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南京大虐殺のニュースは世界中の怒りと非難の対象となった。罪の無い市民の組織的虐殺、特に婦女子に対する残酷 な強姦はひどいものだ。これゆえに西洋ではこの事件を「南京の強姦」と 呼ぶ。また、マンチェスター・ ガーディアン紙の ティンパレーはこの事件を「人間の文明の最も暗い一ページ」と呼んでいる。日本軍がどんなことをしたかの詳細は東京 裁判 (国際極東軍事裁判)の記録に詳しい。「おびただしい数の強姦が行われた。
本人自身が抵抗するか、家族のものが助けようとして少 しでもはむかえば、死が待っていた。未成年の少女でもおばあさんでも見境い無し。

まったく異 常としか言いようの無い猟奇的行為の連続であった。多くの女性は性行為の後で殺され、 体を切り裂かれた。 無力の女性に対する性的虐待は前代未聞である。レイプした後に殺す、これが日本兵のいつものパターンである。

一九三八年七月、中支那軍最高司令官岡村寧次は次のように認めている。「南京戦の時に何万という市民に対して略奪、強姦があったことは事実である。」 読売新聞従軍記者小俣行男は「中国戦線従軍記者の証言」の中でこの事実を証明している。「強姦をしなかった日本兵等ほとんどいなかった。女性は強姦されたあとは必ずといっていいほど殺された。」

東京裁判で国際検事により提出された証拠の中に大本営から司令官に出された秘密命令があっ た。その命令は兵士が日本に帰還した後は中国での虐殺のことは口にしてはならぬというもので あった。また、中隊長からの兵士への命令も証拠として 提出されている。事を済ました後に不必要なトラブルを避けるための日本兵の処方箋:
1) 金をやること。 2) 殺すこと。

第十軍兵士、東京の岡本健三は告白する。「私たちは杭州湾に上陸した時から女に飢えていました。上官から、女に手を出 したら、後で殺せ、しかし、銃剣で刺殺したり、銃殺はするな、という不文律のようなものを聞きました。これはおそらく証拠隠 しのためでしょう。

しかし、処罰 規定など事実上空念仏でした。今まで処罰された者は一人もいません。兵卒よりひどい上官もい ました。中隊長、大隊長でも女を誘拐し付き添わせて南京入城を果たしたのもいます。これらの女性は夜には性の玩具にされるのです。金を払って買ったものではなく誘拐してきたものなのです。兵卒は女性を付き添わせることは禁止されていました。 しかし、上官の行動を見て、まじめ に軍紀に従っても意味が無いことを悟ったのです。

第百十四師団上等兵田所耕三も同様に告白する。「女性が最大の犠牲者でした。おばあさんであろうと少女であろうとお構いなしです。われわれは下関から郊外までトラックを走らせ小さな 町や村から女を誘拐していきました。そして、十五人から二十人の兵士のグループに分配します。 暖かい倉庫の壁に木の葉や枝を使って兵士は急場しのぎのハーレムを作りました。

兵士はみんな 中隊長の印が押してある「赤券」を渡され、ステテコ一枚で行列に並び、番を待つのです。 東京裁判の判決は次の通りである。「南京占領後一ヶ月の間に約二万件の強姦が行われた」。これはたいていの統計よりはるかに低い数字であるが、東京裁判で認定できたのは二万件にすぎなかった。 国際赤十字委員会のジェームズ・マッカラム牧師(Reverend James Mc Callum)は東京裁判で 証言した。 「レープ、レープ、レープ、どこを見ても強姦でした。毎晩少なくとも1千件の強姦がわれていました。」

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