ばれてるよ〜ん!
投稿者: fukagawatohei 投稿日時: 2008/06/12 11:34 投稿番号: [23946 / 41162]
(google参照):
【北京12日共同】日中戦争の旧日本軍による毒ガス戦について、中国軍部がまとめた詳細な内部研究がこのほど明らかになった。
研究では、盧溝橋事件の起きた1937年から日本敗戦の45年までの8年間に、共産党ゲリラ掃討作戦を含め少なくとも2091回毒ガスが使用され、民間人を含む死傷者は8万人以上に上ったことを突き止めている。毒ガス戦の全体像に迫る中国の研究成果が明るみに出たのは初めてである。
人民解放軍化学防御指揮工程学院研究室が、公文書館で見つかった当時の軍事電報や日本兵捕虜の供述、報道などの新資料と、発見済みの旧日本軍や国民党側の資料を照合し再検証したもので、昨年6月、軍の内部発行研究書「化学戦史」に掲載された。
同書によると、旧日本軍は華北地方を中心とした「三光作戦」(焼き、殺し、奪い尽くす)を含むゲリラ掃討作戦でも少なくとも423回にわたって毒ガスを使用し、3万3000人以上の兵士・民間人が死傷していたことが初めて判明した。
正規戦での毒ガス戦は少なくとも1668回、中国側軍人の被害は4万7000人以上でこのうち約6000人が死亡した、と推計している。
これまでの研究では、正規戦の毒ガス使用は1312回、死傷者数は3万6968人とする1946年の国民党軍政部資料が見つかっていたが、今回の中国側の包括的な研究で、この数字をはるかに上回る被害が判明した。
毒ガスが多用された掃討戦として五台包囲攻撃など5例を詳述、百団作戦、太行抗日根拠地掃討、5・1大掃討ではイペリットなど致死性ガスが使用されたことが確認された。
正規戦では晋南粛正戦、南昌作戦、〓湘(こうしょう)会戦などで大規模に毒ガスが使用され、武漢会戦と宜昌、常徳、長衡の各作戦では催涙ガスなど刺激性ガスとともに致死性ガスが使われたと指摘している。
また毒ガス使用件数の中には、中国兵捕虜や民間人への人体実験や実戦訓練も39回の実例が確認され、計3000人余りが中毒死したという。
毒ガスの種類が判明している671例のうち、イペリットなど致死性猛毒ガスの使用は約2割の125例で、その他約8割はくしゃみ性や催涙性の刺激剤。しかし、中国側には防毒マスクなどの装備がほとんどなく「日本軍は少量の刺激剤だけでも、大きな軍事的効果を上げた」と分析している。
化学防御指揮工程学院は化学兵器防御の専門要員を養成したり、関連の研究をするための組織。同書は第1次大戦からイラン・イラク戦争までの化学兵器使用例を詳述したもので、全581ページのうち半分以上を旧日本軍の記述に当てている。
<毒ガス兵器> 第1次大戦中、ドイツなど欧州諸国で初めて使用された。日本では1929年(昭和4年)、広島県・大久野島で製造が始まり、日中戦争で実戦使用された。
旧日本軍の使用した毒ガスには致死性のイペリット(マスタードガス)、ルイサイト、青酸ガスのほか、くしゃみ性のジフェニールシアンアルシン、催涙性の臭化ベンジルなどがある。毒ガス使用は1925年のジュネーブ議定書で禁止されていた。
極東国際軍事裁判で毒ガス戦に対する責任追及を免れて以来、日本政府は毒ガス使用を認めていないが、旧日本軍の遺留毒ガス兵器が中国各地で大量に見つかり、昨年から日中間で処理問題が協議されている。」
【北京12日共同】日中戦争の旧日本軍による毒ガス戦について、中国軍部がまとめた詳細な内部研究がこのほど明らかになった。
研究では、盧溝橋事件の起きた1937年から日本敗戦の45年までの8年間に、共産党ゲリラ掃討作戦を含め少なくとも2091回毒ガスが使用され、民間人を含む死傷者は8万人以上に上ったことを突き止めている。毒ガス戦の全体像に迫る中国の研究成果が明るみに出たのは初めてである。
人民解放軍化学防御指揮工程学院研究室が、公文書館で見つかった当時の軍事電報や日本兵捕虜の供述、報道などの新資料と、発見済みの旧日本軍や国民党側の資料を照合し再検証したもので、昨年6月、軍の内部発行研究書「化学戦史」に掲載された。
同書によると、旧日本軍は華北地方を中心とした「三光作戦」(焼き、殺し、奪い尽くす)を含むゲリラ掃討作戦でも少なくとも423回にわたって毒ガスを使用し、3万3000人以上の兵士・民間人が死傷していたことが初めて判明した。
正規戦での毒ガス戦は少なくとも1668回、中国側軍人の被害は4万7000人以上でこのうち約6000人が死亡した、と推計している。
これまでの研究では、正規戦の毒ガス使用は1312回、死傷者数は3万6968人とする1946年の国民党軍政部資料が見つかっていたが、今回の中国側の包括的な研究で、この数字をはるかに上回る被害が判明した。
毒ガスが多用された掃討戦として五台包囲攻撃など5例を詳述、百団作戦、太行抗日根拠地掃討、5・1大掃討ではイペリットなど致死性ガスが使用されたことが確認された。
正規戦では晋南粛正戦、南昌作戦、〓湘(こうしょう)会戦などで大規模に毒ガスが使用され、武漢会戦と宜昌、常徳、長衡の各作戦では催涙ガスなど刺激性ガスとともに致死性ガスが使われたと指摘している。
また毒ガス使用件数の中には、中国兵捕虜や民間人への人体実験や実戦訓練も39回の実例が確認され、計3000人余りが中毒死したという。
毒ガスの種類が判明している671例のうち、イペリットなど致死性猛毒ガスの使用は約2割の125例で、その他約8割はくしゃみ性や催涙性の刺激剤。しかし、中国側には防毒マスクなどの装備がほとんどなく「日本軍は少量の刺激剤だけでも、大きな軍事的効果を上げた」と分析している。
化学防御指揮工程学院は化学兵器防御の専門要員を養成したり、関連の研究をするための組織。同書は第1次大戦からイラン・イラク戦争までの化学兵器使用例を詳述したもので、全581ページのうち半分以上を旧日本軍の記述に当てている。
<毒ガス兵器> 第1次大戦中、ドイツなど欧州諸国で初めて使用された。日本では1929年(昭和4年)、広島県・大久野島で製造が始まり、日中戦争で実戦使用された。
旧日本軍の使用した毒ガスには致死性のイペリット(マスタードガス)、ルイサイト、青酸ガスのほか、くしゃみ性のジフェニールシアンアルシン、催涙性の臭化ベンジルなどがある。毒ガス使用は1925年のジュネーブ議定書で禁止されていた。
極東国際軍事裁判で毒ガス戦に対する責任追及を免れて以来、日本政府は毒ガス使用を認めていないが、旧日本軍の遺留毒ガス兵器が中国各地で大量に見つかり、昨年から日中間で処理問題が協議されている。」
これは メッセージ 23931 (deliciousicecoffee さん)への返信です.