足手まといの子供を虐殺
投稿者: fukagawatohei 投稿日時: 2008/06/12 09:16 投稿番号: [23938 / 41162]
(google参照):
「旧日本軍
同胞の子20人以上虐殺
比で敗走中「足手まとい」
【マニラ13日=共同】第2次(朝日新聞 1989/04/07)大戦末期の1945年にフィリピン中部セブ島で、旧日本軍部隊が敗走中、同行していた日本の民間人の子供少なくとも21人を足手まといになるとして虐殺したことが13日までに明らかになった。
フィリピン国立公文書館に保管されていた太平洋米軍司令部戦争犯罪局の終戦直後の調査記録に記されていた。
記録によると、虐殺を行ったのは南方軍直属の野戦貨物廠(しょう)の部隊。虐殺は4月15日ごろにセブ市に近い町ティエンサンと5月26日ごろその北方の山間部で2度にわたって行われた。
1回目は10歳以下の子供11人が対象となり、兵士が野営地近くの洞穴に子供だけを集め、毒物を混ぜたミルクを飲ませて殺し、遺体を付近に埋めた。
2回目は対象年齢を13歳以下に引き上げ、さらに10人以上を毒物と銃剣によって殺した。部隊指揮官らは「子供たちが泣き声を上げたりすると敵に所在地を知られるため」などと殺害理由について供述している。
調査記録によると、米軍は虐殺を事実と認定した上で、日本国民に対する犯罪であるため「日本政府に裁きをゆだねるべきだ」と結論付け、戦争犯罪としての起訴などは見送った。調査は45年11月から翌年の2月にかけてフィリピンのレイテ収容所で行われた。(朝日新聞 1993/08/14)」
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