三光作戦の立役者
投稿者: fukagawatohei 投稿日時: 2008/05/26 11:31 投稿番号: [23872 / 41162]
(google参照):
「梅津 美治郎(うめづ よしじろう、1882年1月4日−1949年1月8日) 大分県出身。日本の昭和期の陸軍軍人。陸軍大将、在支日本軍司令官、広田弘毅・林銑十郎・近衛文麿内閣陸軍次官、関東軍司令官、満州国駐在大使、参謀総長。A項目戦犯。満州経済を日本に役立つよう指導した罪等に問われ罰せられた。
(終身禁固刑)
1938年5月に日本軍第一軍司令官となった際に、日本軍を率いて山西省を侵略し、いわゆる「治安粛清作戦」を行い、殺光(殺し尽くす)、焼光(焼き尽くす)、槍光(そうこう=奪い尽くす)という非道な「三光作戦」を実行した。
ちなみに、
太平洋戦争の降伏文書調印式全権を依頼されると、徹底抗戦を主張した自分をアメリカの軍艦に行かせるのは「死ね。」というも同然であり、降伏に賛成した米内光政、鈴木貫太郎ら海軍首脳が適役であるとして拒否するものの、昭和天皇の願いを受けて重光葵らと共に出席した。
1949年に服役中で癌を患い、獄死した。享年67。」
これは メッセージ 1 (the_super_aikokusya さん)への返信です.
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