南京大虐殺・従軍慰安婦強制連行の嘘

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Re: 三井、住友財閥と皇族の財産

投稿者: nyankotyanndamon 投稿日時: 2008/04/28 17:28 投稿番号: [23249 / 41162]
明治15年にはいると事態打開の為、大阪富豪である住友家の総理人・広瀬宰平を長とする大連合の結成が進められる事になりました。
  しかし、いざ連合となると個々の船主の利害が衝突してなかなか纏まらず、さらに連合後の会社運営の問題で創立委員会と船主までが対立、一時は事態が完全に生き詰まり、東京から船舶の査定の為に派遣されていた官吏が引き上げるといった騒ぎまで起きましたが、広瀬宰平ら創立委員や地方庁の奔走により事態を収拾、2年ごしの努力の結果、ついに「有限会社・大阪商船会社」が発足しました。
  明治17年5月1日、伊万里行<豊浦丸>、細島行<佐伯丸>、広島行<太勢丸>、尾道行<盛行丸>、坂越行<兵庫丸>の5隻が大阪港を出港、大阪商船が開業しました。
  参加船主55名、船舶93隻、資本金120万円、大阪=長崎など18本線4支線、地上勤務100余名と海員1000余名による出発でした。
  大阪商船の船出は決して穏やかなものではなく、出港早々に大阪商船に参加しなかった船主と競争、不振航路の問題、船舶の疲弊・老朽化など問題点は目白押しであったが、競争で対立船主を破り、航路の整理を行ない、政府からの補助金を得て我が国最初の鋼船である<加茂川丸>や当時では珍しい3連レシプロ機関を搭載した<宇治川丸>など優良船舶を建造、着実に地歩を固めていきました。
  この政府助成金に関して所謂「命令航路」がセットとなっていた為、一部の株主が反発、経営陣と株主の間で再び対立が発生、これにより創立委員長だった広瀬頭取は辞職、後を継いだ河原頭取の活躍で事無きを得たのですが、なんとなく中央が嫌いな大阪商人らしいエピソードではあります。

↑この中にいるのかね、天皇家と関わりのある人物が?
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