南京大虐殺・従軍慰安婦強制連行の嘘

Yahoo! Japan 掲示板トピックビューアー

[ << 最初のページ | < 前のページ | メッセージリスト | 掲示板表示 | [ メッセージ # ] | 次のページ > | 最後のページ >> ]

蟻の軍隊

投稿者: fukagawatohei 投稿日時: 2008/04/13 19:23 投稿番号: [22866 / 41162]
(wikipeida)参照:


「 山下正男さんは1923年(大正12)10月19日の生まれ。20歳の年1944年(昭和19)1月召集を受け、2月中国山西省で北支那派遣軍第1軍の部隊に編入される。45年1月陸軍予備士官学校に入学、7月見習士官となるが、間もなく終戦。

戦後の山西省において日本軍残留事件が起こる。これは国民党系の軍閥閻錫山(えんしゃくざん)と日本軍第1軍の上層部が結託して起した一大陰謀事件であった。多くの日本軍兵士が残留を強制され、閻錫山の軍隊に編入されて、共産党軍と戦わされることになった。

今年話題になったドキュメンタリー映画『蟻の兵隊』も、この山西省残留事件を扱った作品である。

山下正男さんは、将校の地位にあって、自らも残留しまた部下をも残留させなければならない状況に追い込まれた。

国民党と共産党の戦いは、1949年4月に決着がつく。残留した日本兵の中からは多数の戦死者が出、生き残った者は全員捕虜になった。しかし、日本軍の総司令官や参謀長はいち早く脱出して帰国していた。

山下さんは、捕虜として5年間を中国の収容所で送り、多くの仲間と共に1954年に帰国した。

山下さんは帰国から10日後、山西省からの帰還者を代表して国会の証言台に立った。そして、「残留は軍の命令によるものであった」ことを強く主張した。

この証言によって、国会での論議は、残留が軍命令により強制されたものか、自由意志によるものかということが焦点になった。

その後参考人として国会に呼ばれた総司令官と参謀長の2人は、――彼らは前述のようにいち早く帰国を果たしていた――軍は終戦の段階で現地解散し、残留した兵士は軍籍を離れた上で自らの意志で閻錫山の軍隊に入ったのだから、「軍命令」はなかったと証言した。

日本政府(厚生省)は、司令官たちの証言に最も近い判断を示し、残留は「自願」によるものであり、「軍命令」はなかったと断定。兵士は、除隊して勝手に残留したのであるから、負傷したり戦死した人に対して国家による補償はなされない、また生還した人も恩給の対象にはならない、とした。

残留将兵たちは、「残留は軍命令によるもので、自願ではない。現地除隊措置は不当である」として国を告訴した。ところが、最高裁は2005年9月30日、「原告らに軍の命令があったとは認められない」と、原告の訴えを斥ける判決を下した。」

(まあ〜、善良な日本の兵隊が悪い上官に中国軍に売られちまったって〜
こったな。)


[ << 最初のページ | < 前のページ | メッセージリスト | 掲示板表示 | [ メッセージ # ] | 次のページ > | 最後のページ >> ]

Yahoo! Japan 掲示板 アーカイヴ

[検索ページ] (中東) (東亜) (捕鯨 / 捕鯨詳細)