鬼畜独裁者、毛沢東は人類史上最大の虐殺者
投稿者: tututontutu_tutonton 投稿日時: 2008/03/17 00:20 投稿番号: [22556 / 41162]
第一次国共合作で国民党政府に寄生し勢力を拡大していた共産党勢力。
孫文の死後に「北伐」の隙を突いてコソコソと国民党政権をのっとり共産党政府の樹立を図った。
が、総統にあっさり見破られ「清党」と呼ばれる共産党員の洗い出しで国民党政権を追い出されてしまった。(笑)
この事態に共産党は「暴動決議案」を作成。暴動後の方針を打ち立てた。
その1
反革命的軍人皆殺し(国民党軍の軍人を全員殺す)
その2
反革命的官吏皆殺し(国民党政府の役人を全員殺す)
その3
土豪劣紳皆殺し。(地方の地主や旧家といった素封家を全員殺す)
まさに殺戮宣言を中国共産党中央本部は打ち立てたわけです。
その方針のもとで、国民党の一部を周恩来がのっとり暴動を起こすが失敗・・・・。
更に「農民運動」を行っていた毛沢東が「秋収蜂起」を起こすがやっぱり失敗・・・・。
毛沢東は食料を補給(略奪)しつつ、兵力の回復(拉致)を図りながら逃げ回った。
そして井崗山にたどりつき、山の山賊と手を組む。
その後、山賊の幹部を次々殺し、下っ端の手下600名を支配下に置いた。
逃げながら略奪や拉致を繰り返し、泥棒の上前をはねるどころか乗っ取るとは山賊以下の外道集団だね。恥ずかしいおっさんだな〜〜(爆笑)
しかし、当時の現地人には笑い事にならない運命が待っていた。
1928年南昌で蜂起した朱徳率いる1万の部隊と合流し「紅軍」と名乗り付近の農村の攻略(武力進出)を開始する。
方針3に従い地方の金持ちは次々と襲われ家財を奪われた。その富で共産党は急速に勢力を拡大し始めた。
これは メッセージ 22524 (tututontutu_tutonton さん)への返信です.
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