南京大虐殺・従軍慰安婦強制連行の嘘

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Re: 嘘年表と正しい年表

投稿者: deliciousicecoffee 投稿日時: 2008/02/13 07:53 投稿番号: [22364 / 41162]
>>日本側としてみれば、いきなり何度も銃撃され、停戦を約束した後にも支那側から攻撃を再開されたりしたのだから、支那の大軍に備えて念のために派兵しておくことには何の非もない。


>アホなことを   帝国議会閣議で   上海派兵を決定したことが   戦争を拡大させた最大の原因だよ(笑)


その帝国議会閣議って、1937年何月何日?


日本の不拡大方針の詳細は、#5787

(一部抜粋)

8月12日、日本は、上海の国際租界の日本人居留区を支那の大軍によって包囲攻撃されたが、石原莞爾少将は、上海戦に反対し、たったの2個師団しか出さず、それが少なすぎたために後から追加の軍を出さざるを得なくなり、辞職に追い込まれた。
しかし、その後も日本の不拡大方針は終始継続された。


不測の事態に備えて、「方針」を「不拡大」のままにして、念のために内地の軍を派遣しておいても何もおかしなことではない。
石原莞爾も、その理由で派遣に合意した。
平気で約束を破る支那に大軍で攻撃されてからでは間に合わないからだ。

現実に、南京政府は、7月9日に4個師団と戦闘機を北支に派遣する動員令を出していた。

●1937年
7月7日、盧溝橋事件。演習中の日本軍が銃撃される。事件の僅か数時間後に、支那共産党は中央委員会をもって「・・・われらは進攻する日本軍に対して断固攻撃を加えるとともに、新たな大事変に即応する準備を急ぐよう要求する。・・・武装して北平(北京)、天津、華北を防衛しよう・・・」という通電を全国に発している。
7月9日、停戦協定が成立。蒋介石は4個師団と戦闘機を北支に派遣。
7月10日、200人以上の支那兵が迫撃砲で攻撃再開
7月11日、停戦協定が成立。日本政府、華北への派兵を声明。
7月13日、支那兵が移動中の日本軍トラック2台に手榴弾を投げ込み全員を爆殺
7月14日、支那兵が日本の騎馬兵を惨殺
7月16日、事件を収集させようとする宋哲元に対し、蒋介石は「日本の策謀に乗じるな、戦備を整えよ」と打電
7月17日、蒋介石がラジオで『生死関頭』演説を行い戦争の決意を表明
7月25日、郎坊事件、日本軍が攻撃を受ける。
7月26日、広安門事件、日本軍が攻撃を受ける。
7月28日、日本軍が華北への攻撃を開始。
7月29日、通州事件。日本人居留民約260名が虐殺される。
8月9日、和平会談の予定だったが、海軍陸戦隊の大山中尉が惨殺される。
8月13日、蒋介石軍が包囲した上海の国際租界の日本人居留区を攻撃開始
8月14日、支那軍が上海市街のホテルなどを爆撃。これを日本軍の仕業と世界中に宣伝。
8月23日、支那軍が上海のデパートを爆撃。これも日本軍の仕業と世界中に宣伝。
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