Re: デリのボケ おとっちゃん 南京の真実
投稿者: deliciousicecoffee 投稿日時: 2008/02/10 11:38 投稿番号: [22329 / 41162]
>日本海軍機による無差別都市爆撃による民間人の殺害は米国、英国など欧米諸国においては早い段階から新聞
ラジオ、ニュース映画などで世界に報道された。
責任なし29 上海戦4 外国の加担
http://blogs.yahoo.co.jp/deliciousicecoffee/27451117.html
(一部抜粋)
中国は自らの、上海市街爆撃を日本軍の仕業とすりかえ、細菌、毒ガスも日本軍の仕業とすりかえ宣伝しました。
そのころ、外国駐在大使館においても、嘘八百の宣伝がなされていたようです。
1937年10月2日の中外新聞は
―――――
〔ロンドン発1日同盟〕 …支那側のデマ宣伝はいよいよ露骨を加えてきた…ロンドン駐在支那大使館では毎日のように日本軍を中傷する記事を流して、英国民の反日気勢を煽っている。
その上在支外国通信員を動かす等の間接方法をも併用、絶体絶命、泣き落とし政策で英国民の同情を得んと必死になっている。従って日本側の反駁ないし抗議はともすれば無視されがちである。
…外人目撃者のいない場所に関しては、今なお…デマが行われている。
9月28日のロンドン・タイムスは 「英国政府は26日、支那側のマークを付したる日本軍飛行機二機が広徳・安徽方面に現れ、爆弾を投下したとの支那政府の覚書を受領した」 と報道し、ラジオも同趣旨の放送を行った。
―――――
と伝えています。
このような、絶え間のない悪宣伝により、外国は騙されて(或いは、騙された振りをしてこの際、ライバルの日本を叩いておこうという魂胆か)、中国の戦争に加担するようになります。
‐‐‐‐
(略)
また、中国軍は外国租界を背にして布陣し、日本軍の砲弾や空爆の弾が租界に落ちるようにしました。
(略)
そしてアメリカはこの時点では直接的な援助はしていませんが、精神的なサポートをしています。
この外にも外国人は、中国軍が自国の旗を悪用するのを放置していました。
中国軍はビルに隠れて外国の旗を掲げ、日本軍が近づくと銃撃したりしていたのです。
そのため日本軍が旗を信用せず踏み込むと、そこは本当に外国人の住まいだったりして、外国人に反感を持たれたりしました。
こういう中国軍の外国旗濫用が後に南京で、パネー号誤爆事件やレディーバード号誤砲撃事件を引き起こすわけです
>石射猪太郎外務省東亜局長が「日本の新聞はもうだめだ!」(10月4日)と記すように日本の新聞だけが無差別都市爆撃の違法性、残虐性を報道せず、「戦果」だけを誇大に報道していた。
そもそも石射猪太郎という人物は、日本からもらった勲章には愛想をつかし、支那からもらった勲章は光栄とし愉快とし、「日支」のことを「中日」と言う人物だ。
<石射猪太郎>
http://www.geocities.co.jp/HeartLand-Himawari/9729/uso3.htm
>8月15日から10月15日までの間の2ヶ月間に65回の空襲があり、被害は南京城区の全区域におよび、市民死者392人、負傷438人 破壊された家屋1949間(7〜800戸)(侵華 日軍)
南京の爆撃・諸外国の報道(誹謗中傷運動)と現実(真相)
第12章 誹謗中傷運動
『シナ大陸の真相1931〜1938』K・カール・カワカミ15
http://blogs.yahoo.co.jp/deliciousicecoffee/15438815.html
(一部抜粋)
南京の爆撃
…(略)…
そしてこの誹謗中傷運動の結末は?
1937年12月中旬、日本軍が南京に入城した時、中国軍が逃亡する前に彼らが自分で行った略奪や放火を除いて、市街はそっくりそのまま無傷で残っていたのである。
戦争の被害・日本軍による爆撃の真相
第12章 誹謗中傷運動
『シナ大陸の真相1931〜1938』K・カール・カワカミ16
http://blogs.yahoo.co.jp/deliciousicecoffee/15504826.html
(一部抜粋)
だがしかし日本人は次の点に付いては確信している。即ち非軍事施設、または日本軍に対する作戦として中国軍が利用したことのないような施設を、故意に狙った日本軍のパイロットなど、戦闘の如何なる段階、如何なる場面においてもただの一人もいなかったのだ。
中国の教育施設及びその他の文化施設を日本軍が爆撃したと報じる新聞の紙面には、多くのセンセーショナルな見出しが躍った。だが調査の結果、爆撃されたそれらの文化施設は軍事目\xC5
責任なし29 上海戦4 外国の加担
http://blogs.yahoo.co.jp/deliciousicecoffee/27451117.html
(一部抜粋)
中国は自らの、上海市街爆撃を日本軍の仕業とすりかえ、細菌、毒ガスも日本軍の仕業とすりかえ宣伝しました。
そのころ、外国駐在大使館においても、嘘八百の宣伝がなされていたようです。
1937年10月2日の中外新聞は
―――――
〔ロンドン発1日同盟〕 …支那側のデマ宣伝はいよいよ露骨を加えてきた…ロンドン駐在支那大使館では毎日のように日本軍を中傷する記事を流して、英国民の反日気勢を煽っている。
その上在支外国通信員を動かす等の間接方法をも併用、絶体絶命、泣き落とし政策で英国民の同情を得んと必死になっている。従って日本側の反駁ないし抗議はともすれば無視されがちである。
…外人目撃者のいない場所に関しては、今なお…デマが行われている。
9月28日のロンドン・タイムスは 「英国政府は26日、支那側のマークを付したる日本軍飛行機二機が広徳・安徽方面に現れ、爆弾を投下したとの支那政府の覚書を受領した」 と報道し、ラジオも同趣旨の放送を行った。
―――――
と伝えています。
このような、絶え間のない悪宣伝により、外国は騙されて(或いは、騙された振りをしてこの際、ライバルの日本を叩いておこうという魂胆か)、中国の戦争に加担するようになります。
‐‐‐‐
(略)
また、中国軍は外国租界を背にして布陣し、日本軍の砲弾や空爆の弾が租界に落ちるようにしました。
(略)
そしてアメリカはこの時点では直接的な援助はしていませんが、精神的なサポートをしています。
この外にも外国人は、中国軍が自国の旗を悪用するのを放置していました。
中国軍はビルに隠れて外国の旗を掲げ、日本軍が近づくと銃撃したりしていたのです。
そのため日本軍が旗を信用せず踏み込むと、そこは本当に外国人の住まいだったりして、外国人に反感を持たれたりしました。
こういう中国軍の外国旗濫用が後に南京で、パネー号誤爆事件やレディーバード号誤砲撃事件を引き起こすわけです
>石射猪太郎外務省東亜局長が「日本の新聞はもうだめだ!」(10月4日)と記すように日本の新聞だけが無差別都市爆撃の違法性、残虐性を報道せず、「戦果」だけを誇大に報道していた。
そもそも石射猪太郎という人物は、日本からもらった勲章には愛想をつかし、支那からもらった勲章は光栄とし愉快とし、「日支」のことを「中日」と言う人物だ。
<石射猪太郎>
http://www.geocities.co.jp/HeartLand-Himawari/9729/uso3.htm
>8月15日から10月15日までの間の2ヶ月間に65回の空襲があり、被害は南京城区の全区域におよび、市民死者392人、負傷438人 破壊された家屋1949間(7〜800戸)(侵華 日軍)
南京の爆撃・諸外国の報道(誹謗中傷運動)と現実(真相)
第12章 誹謗中傷運動
『シナ大陸の真相1931〜1938』K・カール・カワカミ15
http://blogs.yahoo.co.jp/deliciousicecoffee/15438815.html
(一部抜粋)
南京の爆撃
…(略)…
そしてこの誹謗中傷運動の結末は?
1937年12月中旬、日本軍が南京に入城した時、中国軍が逃亡する前に彼らが自分で行った略奪や放火を除いて、市街はそっくりそのまま無傷で残っていたのである。
戦争の被害・日本軍による爆撃の真相
第12章 誹謗中傷運動
『シナ大陸の真相1931〜1938』K・カール・カワカミ16
http://blogs.yahoo.co.jp/deliciousicecoffee/15504826.html
(一部抜粋)
だがしかし日本人は次の点に付いては確信している。即ち非軍事施設、または日本軍に対する作戦として中国軍が利用したことのないような施設を、故意に狙った日本軍のパイロットなど、戦闘の如何なる段階、如何なる場面においてもただの一人もいなかったのだ。
中国の教育施設及びその他の文化施設を日本軍が爆撃したと報じる新聞の紙面には、多くのセンセーショナルな見出しが躍った。だが調査の結果、爆撃されたそれらの文化施設は軍事目\xC5
これは メッセージ 22320 (yominokuni56 さん)への返信です.