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投稿者: jptmd2004 投稿日時: 2004/03/16 20:35 投稿番号: [2215 / 41162]
>たしかに無抵抗な市民が軍人に殺されるというのはあってはいけないことでしょう。ただ疑問なのはなぜこのあたりの事件だけ現代の感覚で考えられているのだろうということです。
<
だからさ、今考えても
【>>当時日本軍の考え、発想。
で、虜の概念もなかったし、日本軍の「三光政策」の元で、残兵か便衣兵か関係なく、間違ってもよいから、市民まで殺せ。】
ようは、万が一、多くの市民の中に一人の残兵か便衣兵でも混入したら、日本軍にとっては都合が悪い。このような発想ですよ。
従って、多くの市民まで殺された訳。
確かに、逆のパタンはが起こりうる?
しかし、此処で仮定の話をしてはいけない。現実的に、戦場は中国だった。
殺されたのは多くの中国市民で、日本人ではなかった。
>ソースの出し合いみたいなやりとりはしたくないので、細かくは言いませんが民家に押し入り強奪と強姦のを繰り返したのは明らかに中国軍であったでしょう。
<
根拠の無い話はいかがのものでしょうか。
>敗戦後の引き上げ道中など、話をずらせば、いくらでも現代の感覚では考えられないような行為が多々あったのです。
敗退の日本人に対して色々、大変なことがなかったら、返って可笑しいな話になりますよ。
戦場は、中国であった。
何事もないように敗退の日本軍が中国を去っていく。
戦争は中国国民に何を齎したか。
当時、日本人を一人も残さずに殺したい被害者の気持ちが容易に想像できますよ。
特に「日本武士道」の発想からではね。
あり難く思えないかよ。日本人には。
それに
残留孤児まで育ってあげたんですよ。
「日本武士道」の発想からでは、不可能でしょう?
>>殺された市民の数が余りにも想像を絶したものなので
>ここがどうなのかなぁ。ってとこかなだって便衣兵が死んでたら市民か軍人かわからないしね。
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ご想像に任そう。
>これは間違いでしょう。捕虜を持つという概念はずっと前からあったし、市民を捕虜?ってナンセンスでしょう。
捕虜を持つという概念があったら、
虜を漁り出し捕まえ、市民まで殺すな。
>私は2年前の夏2ヶ月かけて中国とチベットを回ってきました。
もちろん南京もね。
<
恐れ入りました!
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これは メッセージ 2214 (hekijuyokuju さん)への返信です.
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