Re: 「第一部「七人の『死刑囚』」関西試写
投稿者: yominokuni56 投稿日時: 2008/01/14 06:40 投稿番号: [22036 / 41162]
1937年11月30日付
東京日々新聞朝刊
(見出し)百人斬り競争! 両少尉、早くも八十人
(本文)[常州にて廿九日浅海、光本、安田特派員発] 常熟、無錫間の四十キロを六日間で踏破した○○部隊の快速はこれと同一の距離の無錫、常州間をたつた三日間で突破した、まさに神速、快進撃、その第一線に立つ片桐部隊に「百人斬り競争」を企てた二名の青年将校がある、無錫出発後早くも一人は五十六人斬り、一人は廿五人斬りを果たしたといふ、
「さらに、高い軍紀を誇りにしてきた日本兵が占領地で繰り広げる残虐で野蛮な行為は、戦火に打ちひしがれた民衆の艱難辛苦をさらにいっそう増大させ、礼節と人道に衝撃を与えています。あまりにも多くの事件が中立国の目撃者によって報告され、外国の新聞で報道されているので、ここでいちいち証拠をあげるには及ばないでしょう。ただ、その一端を物語るものとして、日本軍の南京占領に続いて起こった恐怖の光景にかんする『ニューヨーク・タイムズ」紙特派員の記事を紹介すれば十分でしょう。このリポートは一二月二〇日付の『ロンドン・タィムズ』紙に掲載されたものであります。特派員は簡潔な言葉で綴っています。
「大がかりな略奪、強姦される女性、市民の殺害、住居から追い立てられる中国人、戦争捕虜の大量処刑、連行される壮健な男たち」。
日本兵が南京と漢口でおこなった残虐行為についての信頼できるもうひとつの記録は、米国人の教授と外交使節団による報告と手紙にもとづくもので、一九三八年一月二八日の「デイリーテレグラフ」紙と「モーニング・ポスト」紙に掲載されています。南京で日本兵によって虐殺された中国人市民の数は二万人と見積もられ、その一方で若い少女を含む何千人もの女性が辱めを受けました。
金陵大学緊急委員会の米国人議長は一九三七年一二月一四日、日本大使館に書簡を送り、「私たちはあなた方にたいして、日本軍と日本帝国の名誉のために、そしてあなた方目身の妻、娘、姉妹のために、あなた方の兵士から南京市民の家族を守っていただけるよう強く要請します」と書きました。
しかし、「この声明にもかかわらず、残虐行為は野放しで続いた」と特派員は書き記しています。」
(『ドイツ外交官が見た南京事件』
P136〜P139
の該当部、
ドイツ外務省の保管文書による)
これは メッセージ 22030 (yaemon0608 さん)への返信です.
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