Re: 南京事件の真実
投稿者: shimazu_yoshihiro_2008 投稿日時: 2008/01/01 10:31 投稿番号: [21980 / 41162]
▲主君のあだ討ちを大義名分とした「義挙」を「白人からアジアを解放するため」、「犯罪」を「侵略戦争」に置き換えてみると実にわかりやすいだろう?(笑)。
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果たして「義挙」か「犯罪」か
赤穂浪士の討ち入りをめぐって、幕府内外から議論が起こりました。討ち入りは単純な敵討ちではなかったのです。論点は、幕藩体制下での武士のあり方と、法意識でした。つまり、道徳か法か。言い換えれば、第1に新旧2つの武士道の対立と、第2に武士の憲法ともいうべき『武家諸法度』(ぶけしょはっと)の条文をどう理解するか、という2つが絡み合った論点でした。どちらも平和な体制下における武士の存在根拠をめぐるものでした。
幕藩体制という平和な社会を迎えて100年、武よりも文に重きを置く士道(=新武士道)の立場は、幕府の築き上げんとする平和時代にかなうものであり、幕府の奨励したところでもあったのです。官僚としての武士のあり方です。しかしながら同時に、旧武士道的な戦闘員としての武士という基本的あり方は、社会から消すことはできませんでした。
こうした論点を踏まえて、幕府内外の学者は赤穂浪士の討ち入りをどのように評価するかをめぐり、それぞれの論を立てたのです。
幕府の文部大臣ともいうべき林家第3代大学頭・林鳳岡(はやしほうこう)は『復讐論』を著し、浪士たちを賛美しました。また、幕府儒官をつとめた室鳩巣(むろきゅうそう)は赤穂浪士の主君に対する忠誠を強調し、経済重視に流れる時代風潮に警鐘を鳴らすかのように『赤穂義人録』を書き、彼らを義人・義士として、彼らの行為を義挙として賛美しました。これらは、道徳的立場を重視した徳治主義からのものです。
この論は、まず第1に、儒教の教義から復讐を正当化・根拠付けし、第2に、道徳的立場と法的立場の相関関係を明確にしないものです。第3に、平和な時代の武士の現実を憂える立場から、旧武士道的な浪士たちの一挙によって、軟弱となった武士への刺激となることを期待するものでした。特に第2については、討ち入りは道徳的にOKであるが、法的にNOという解答であり、問題の解決にならないものです。道徳優先か、法優先か、戦闘員としての武士か、官僚的性格を持った武士か、幕藩体制という江戸社会をどのように築くのか、これらの問題には何の解答もしていないのです。
まず第1に、儒教の教義から復讐を正当化・根拠付けし、第2に、道徳的立場と法的立場の相関関係を明確にしないものです。第3に、平和な時代の武士の現実を憂える立場から、旧武士道的な浪士たちの一挙によって、軟弱となった武士への刺激となることを期待するものでした。特に第2については、討ち入りは道徳的にOKであるが、法的にNOという解答であり、問題の解決にならないものです。道徳優先か、法優先か、戦闘員としての武士か、官僚的性格を持った武士か
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ttp://www.geocities.jp/goromaru134/goromaru/sintenci09.html
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果たして「義挙」か「犯罪」か
赤穂浪士の討ち入りをめぐって、幕府内外から議論が起こりました。討ち入りは単純な敵討ちではなかったのです。論点は、幕藩体制下での武士のあり方と、法意識でした。つまり、道徳か法か。言い換えれば、第1に新旧2つの武士道の対立と、第2に武士の憲法ともいうべき『武家諸法度』(ぶけしょはっと)の条文をどう理解するか、という2つが絡み合った論点でした。どちらも平和な体制下における武士の存在根拠をめぐるものでした。
幕藩体制という平和な社会を迎えて100年、武よりも文に重きを置く士道(=新武士道)の立場は、幕府の築き上げんとする平和時代にかなうものであり、幕府の奨励したところでもあったのです。官僚としての武士のあり方です。しかしながら同時に、旧武士道的な戦闘員としての武士という基本的あり方は、社会から消すことはできませんでした。
こうした論点を踏まえて、幕府内外の学者は赤穂浪士の討ち入りをどのように評価するかをめぐり、それぞれの論を立てたのです。
幕府の文部大臣ともいうべき林家第3代大学頭・林鳳岡(はやしほうこう)は『復讐論』を著し、浪士たちを賛美しました。また、幕府儒官をつとめた室鳩巣(むろきゅうそう)は赤穂浪士の主君に対する忠誠を強調し、経済重視に流れる時代風潮に警鐘を鳴らすかのように『赤穂義人録』を書き、彼らを義人・義士として、彼らの行為を義挙として賛美しました。これらは、道徳的立場を重視した徳治主義からのものです。
この論は、まず第1に、儒教の教義から復讐を正当化・根拠付けし、第2に、道徳的立場と法的立場の相関関係を明確にしないものです。第3に、平和な時代の武士の現実を憂える立場から、旧武士道的な浪士たちの一挙によって、軟弱となった武士への刺激となることを期待するものでした。特に第2については、討ち入りは道徳的にOKであるが、法的にNOという解答であり、問題の解決にならないものです。道徳優先か、法優先か、戦闘員としての武士か、官僚的性格を持った武士か、幕藩体制という江戸社会をどのように築くのか、これらの問題には何の解答もしていないのです。
まず第1に、儒教の教義から復讐を正当化・根拠付けし、第2に、道徳的立場と法的立場の相関関係を明確にしないものです。第3に、平和な時代の武士の現実を憂える立場から、旧武士道的な浪士たちの一挙によって、軟弱となった武士への刺激となることを期待するものでした。特に第2については、討ち入りは道徳的にOKであるが、法的にNOという解答であり、問題の解決にならないものです。道徳優先か、法優先か、戦闘員としての武士か、官僚的性格を持った武士か
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これは メッセージ 21979 (shimazu_yoshihiro_2008 さん)への返信です.