南京大虐殺・従軍慰安婦強制連行の嘘

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Re: ソウル大教授「日本による収奪論は・・

投稿者: yominokuni56 投稿日時: 2008/01/01 07:36 投稿番号: [21975 / 41162]
>「1910年に日本は大韓帝国を強制的に併合した」
  「日本は韓国が植民地だった35年間に、韓国の土地の40%以上を収奪し、膨大な米を略奪していった」
  これらが韓国が独立後、40年以上にわたり中学・高校の国史教科書に記載されている内容だ。


おやま〜〜あ   40%の土地収奪ですんだか?   思ったより少ないじゃないの(笑)

東洋拓殖株式会社(とうようたくしょくかぶしきがいしゃ)は、大日本帝国時代の朝鮮の植民地事業を進めることを目的として設立された国策会社である。

1908年(明治41)12月18日、東洋拓殖株式会社法(東拓法)を根拠法として、大韓帝国政府と日韓民間資本の共同出資などにより設立された。初代総裁は宇佐川一正(陸軍中将)。当初は漢城(日韓併合後、京城に改名)(現在のソウル特別市)に本店を置き、朝鮮の土地5700町歩を所有して、日本からの移民と開拓をその事業として掲げた。

会社発足当初から、政府の補助金も受けて土地の買収を進めた。土地調査事業(1910年〜1918年)で日本が接収した土地のうちから1万1400町歩が現物出資されるなどし、朝鮮農民の反発を受けて買収が停滞するものの1919年には7万8000町歩を保有した。

同社の日本人移民事業は挫折したが、接収した土地で朝鮮人を小作として働かせ、地主兼金融業を中心業務とするようになった。そのため、日本の敗戦に至るまで朝鮮における最大の地主となり、1937年には小作人7万8667人を擁した。また、天皇家が同社の株を所有していたことも含め、名実とも日本の朝鮮経営の中心となった。

1917年に東拓法が改正され、本店が東京に移されると共に満州、モンゴル、華北、南洋にまでその営業範囲を広げた。

朝鮮人の人口の約8割は小作農だったんだが、この小作農の借り受け農地を日本政府   および   その手先になった東洋拓殖   が農地を武力を背景に買い占め   多くの朝鮮人小作の仕事、生活の場を奪った結果日本   中国そしてアジアに朝鮮人の多くは逃げ出さなければならなかったという悲惨な事実が存在するってことだよ(笑)現在の在日として日本に定住している朝鮮人の多くはこの時に日本に職を求めて来日した朝鮮人の末裔だよ。その後は強制連行された朝鮮人も加わるってことなんだけどね。

小作農って理解してるよね。自分で作った米を食えない   貧しいの農民ってことね。   戦前   戦中の日本の農業も小作に米を作らせて地主や国が巻き上げていたってことね   これが敗戦後マッカーサー指令によって農地改革が行われ、小作農も農地を分け与えられ   やっと農家として独立できたんだよね。戦前   戦中の日本は実に経済的にも精神的にも貧しい国だったんだよ。
いまもって心の貧しい国だって言われてるけどね。(笑)
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