南京大虐殺の大嘘
投稿者: warabi_701 投稿日時: 2007/12/14 16:35 投稿番号: [21823 / 41162]
週刊新潮12月20日号による
「虐殺は無かった」
兵士9人が見た「南京陥落」特集記事
熊本第六師団歩兵第11旅団歩兵13連隊
「上等兵」及び
同連隊第一大隊・伍長証言によると
<この二人が進んだ道周辺の住民は、既に逃亡してもぬけの殻だった。>
<シナ兵との交戦により双方に犠牲者は出た。>
金沢第九師団歩兵第18旅団司令部軍曹証言によると
<12日午後5時頃南京城内突入命令・戦闘を経て13日早朝突入成功・夕刻占領に至る。>
連隊第一大隊・伍長証言
<14日午前11時中華門から入り大きな通りを北上・城内はガランとしていて人影もなし>
市民は、一般市民を保護する為の難民区に集まっていた。
同時に、多くの敗残兵や平服に身を包んだ便衣兵が潜んでいると思われた。
第18旅団司令部軍曹証言
<12月20日連隊長が中佐を連れて南京城内を見学され、難民区に「入れろ」と言ったが、「許可証の無い方は入れません」と言われそのまま帰った>
<20日ころ150m(標高)紫金山から南京を見渡すと銃声も火災も起きていない平和な街だった>
金沢第九師団歩兵第6旅団歩兵第7連隊
伍長証言
<難民区の掃討は、14、15、16の三日間ですが、厳重な注意厳命が7項目にわたってあった。>
<外国権益の留意、住民への配慮、失火は厳重に注意する、将校の指揮する掃討でなければ認めない>
非常に秩序だって行われた。
そして
<滞在期間中、一発の銃声も無かった、聞きもせず、撃ちもしなかった>
京都代16師団輜重兵第16連隊
獣医少尉証言
<陥落三日後に中山門から入場したときに・住民一人も見ません。>
<城内野戦倉庫と揚子江方面の下関野戦倉庫の間を5往復しております。その際シナ兵の死体は一人も見ていません>
<南京虐殺記念館で発行したアルバムに収録されている地図に(虐殺者が)ここに何万、ここで何万と書かれています。
その場所を私は、BMWのサイドカーで行ってますが、まるきり綺麗なもので、死体があった痕跡のひとつもみておりません>
<続く>
これは メッセージ 1 (the_super_aikokusya さん)への返信です.
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