Re: デリの悪あがき(武藤章尋問調書)1
投稿者: deliciousicecoffee 投稿日時: 2007/12/07 02:44 投稿番号: [21790 / 41162]
>徴発=購入か?(笑)
泥棒=徴発じゃないのか?
何度説明してもオマエは理解できないようだから、この話は打ち切り。
>中国民衆も始めて見る日本兵と軍票を信用するかい?
何度説明してもオマエは理解できないようだから、この話は打ち切り。
>上海? 上海租界の事じゃないの? 租界って言葉の意味調べてごらん(笑)
租界を外国人に押し付けたのは支那政府だった
租界に対する支那の羨望・第8章上海、その問題点
『シナ大陸の真相1931〜1938』K・カール・カワカミ8
http://blogs.yahoo.co.jp/deliciousicecoffee/14663370.html
租界に対する中国の羨望
ここで多分、国際租界の地位に関する外国人と中国人の間の長年に及ぶ厳しい論争について説明しておくのもよいだろう。まず第一に租界はそもそも外国人の保護のためだけに設立されたものであって、中国人のためでははかったということである。租界は外国の君主によって、嫌がる中国に無理やり押しつけられたものではなかった(中国人は無理やり押しつけられたと主張しているのだが)。それとは逆に、租界を外国人に押し付けたのは中国政府だったのである。
中国が初めて西洋列強諸国と通商条約を結んだ初期の頃、中国は全ての外国を自分の臣下と見なしていた。対等の立場に立って大英帝国やフランスやアメリカとつき合うなどということは中国にとっては問題外であった。天の子そのものである中国の統治者は、はるか天空の彼方の玉座から全世界の陸地を治めているのであった。もしも外国の船が中国の港に立ち寄れば、彼らはそこで貢物を納める当然の義務がある。これが中国の考え方であった。
そしてそういうわけで中国が外国人の租界を設けた理由は、天上の支配者が認めたごく狭い地域にこれら「外国の悪魔」を閉じ込めておくためであったのである。野蛮で汚らわしい外国人は文明的な天上の人々と交じり合ってはならなかったし、その存在によって天の子の聖なる土地を汚してはならなかったのである。
これがそもそも租界の始まった起源である。やがて外国人たちは勤勉と根気の力によって租界を、荒涼とした中国の砂漠の中に存在する花咲くオアシスへと変えていったのである。そうなってからこの「文明的」な中国人は驚きの目を見張り、この外国の「汚らわしい野蛮人」の住む区域へ入れてくれるよう要求し始めた。だが租界は中国人の面前で戸をピシャリと閉ざしていた。
それから19世紀中頃、太平天国の乱が起こり、上海の南及び西へ数百マイルにわたって国土を荒廃させた。略奪され家を失った何千人という中国人たちが租界の入り口の戸を叩いた。租界は純粋な同情の気持ちから門を開いた。内乱が終了した時、避難民を追い出すことは不可能であった。このようにして当初の締め出し政策は租界によって破られたのである。
今日では百万人近くの中国人が租界の内部に住んでいる。彼らがそこにいるのは何等かの条約のおかげではなく、単なる黙認の結果なのである。
『シナ大陸の真相』K・カール・カワカミ著
>朝青龍は応援したいね、・・・
>・・・
>がんばれ〜〜朝青龍 くじけるな ここで勝てばあんたは英雄じゃ。
あれ?
朝青龍はオマエら朝鮮人の敵だってこと知らないの?
朝青龍「キムチ野郎」発言とは何か?
http://blogs.yahoo.co.jp/deliciousicecoffee/23809706.html
――――――
横綱朝青龍が右翼に街宣攻撃されていたらしい。
おぉついに品格なき横綱が愛国者達に攻撃されたのか!と思ったら何の事はない…。
事の発端は韓国人記者と朝青龍の以下のようなやり取りから。
韓国「横綱はちゃんこ鍋が好きですか?キムチは食べないのですか?」
朝青龍「好きだ。キムチは食わんな」
韓国「キムチは優秀な食べ物で体によく、食べれば食べるほど壮健になります」
朝青龍 「食べないと言っているだろうが!!」
韓国「キムチはSARSも予防するし、たとえモンゴル人であろうとも食べなければならない」
朝青龍 「うるさい!キムチ野郎!」
韓国「日本での差別はひどかったでしょう?」
朝青龍「いや、別になかったっス」
韓国人記者「隠さなくてもいいですよ。どんな差別にあいましたか?」
朝青龍「いや、だから特になかったっス」
韓国人記者「"特に"ってことは、やっぱりあったんじゃないですか?! どんな差別でした!?」
朝青龍「だから、ねえって言ってんだ\xA4
何度説明してもオマエは理解できないようだから、この話は打ち切り。
>中国民衆も始めて見る日本兵と軍票を信用するかい?
何度説明してもオマエは理解できないようだから、この話は打ち切り。
>上海? 上海租界の事じゃないの? 租界って言葉の意味調べてごらん(笑)
租界を外国人に押し付けたのは支那政府だった
租界に対する支那の羨望・第8章上海、その問題点
『シナ大陸の真相1931〜1938』K・カール・カワカミ8
http://blogs.yahoo.co.jp/deliciousicecoffee/14663370.html
租界に対する中国の羨望
ここで多分、国際租界の地位に関する外国人と中国人の間の長年に及ぶ厳しい論争について説明しておくのもよいだろう。まず第一に租界はそもそも外国人の保護のためだけに設立されたものであって、中国人のためでははかったということである。租界は外国の君主によって、嫌がる中国に無理やり押しつけられたものではなかった(中国人は無理やり押しつけられたと主張しているのだが)。それとは逆に、租界を外国人に押し付けたのは中国政府だったのである。
中国が初めて西洋列強諸国と通商条約を結んだ初期の頃、中国は全ての外国を自分の臣下と見なしていた。対等の立場に立って大英帝国やフランスやアメリカとつき合うなどということは中国にとっては問題外であった。天の子そのものである中国の統治者は、はるか天空の彼方の玉座から全世界の陸地を治めているのであった。もしも外国の船が中国の港に立ち寄れば、彼らはそこで貢物を納める当然の義務がある。これが中国の考え方であった。
そしてそういうわけで中国が外国人の租界を設けた理由は、天上の支配者が認めたごく狭い地域にこれら「外国の悪魔」を閉じ込めておくためであったのである。野蛮で汚らわしい外国人は文明的な天上の人々と交じり合ってはならなかったし、その存在によって天の子の聖なる土地を汚してはならなかったのである。
これがそもそも租界の始まった起源である。やがて外国人たちは勤勉と根気の力によって租界を、荒涼とした中国の砂漠の中に存在する花咲くオアシスへと変えていったのである。そうなってからこの「文明的」な中国人は驚きの目を見張り、この外国の「汚らわしい野蛮人」の住む区域へ入れてくれるよう要求し始めた。だが租界は中国人の面前で戸をピシャリと閉ざしていた。
それから19世紀中頃、太平天国の乱が起こり、上海の南及び西へ数百マイルにわたって国土を荒廃させた。略奪され家を失った何千人という中国人たちが租界の入り口の戸を叩いた。租界は純粋な同情の気持ちから門を開いた。内乱が終了した時、避難民を追い出すことは不可能であった。このようにして当初の締め出し政策は租界によって破られたのである。
今日では百万人近くの中国人が租界の内部に住んでいる。彼らがそこにいるのは何等かの条約のおかげではなく、単なる黙認の結果なのである。
『シナ大陸の真相』K・カール・カワカミ著
>朝青龍は応援したいね、・・・
>・・・
>がんばれ〜〜朝青龍 くじけるな ここで勝てばあんたは英雄じゃ。
あれ?
朝青龍はオマエら朝鮮人の敵だってこと知らないの?
朝青龍「キムチ野郎」発言とは何か?
http://blogs.yahoo.co.jp/deliciousicecoffee/23809706.html
――――――
横綱朝青龍が右翼に街宣攻撃されていたらしい。
おぉついに品格なき横綱が愛国者達に攻撃されたのか!と思ったら何の事はない…。
事の発端は韓国人記者と朝青龍の以下のようなやり取りから。
韓国「横綱はちゃんこ鍋が好きですか?キムチは食べないのですか?」
朝青龍「好きだ。キムチは食わんな」
韓国「キムチは優秀な食べ物で体によく、食べれば食べるほど壮健になります」
朝青龍 「食べないと言っているだろうが!!」
韓国「キムチはSARSも予防するし、たとえモンゴル人であろうとも食べなければならない」
朝青龍 「うるさい!キムチ野郎!」
韓国「日本での差別はひどかったでしょう?」
朝青龍「いや、別になかったっス」
韓国人記者「隠さなくてもいいですよ。どんな差別にあいましたか?」
朝青龍「いや、だから特になかったっス」
韓国人記者「"特に"ってことは、やっぱりあったんじゃないですか?! どんな差別でした!?」
朝青龍「だから、ねえって言ってんだ\xA4
これは メッセージ 21772 (yominokuni56 さん)への返信です.