南京大虐殺・従軍慰安婦強制連行の嘘

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判決指摘のbayonettedの誤訳が

投稿者: mrdassennman 投稿日時: 2007/11/14 07:21 投稿番号: [21615 / 41162]
納得できないnmwg
以下の事実もいくら納得できなくてもお前だけ。普通の人は納得できるの

1、The soldiers then bayonetted another sister of between 7-8、 who was also in the room. (中路)After being wounded the 8-year old girl crawlded to the next room where lay the body of her mother.l

石田勇治によるこの部分の翻訳は、
「さらに兵士たちは、   部屋にいたもう一人の7、8歳になる妹を銃剣で刺した。(中略)傷を負った8歳の少女は、母の死体が横たわる隣の部屋まで這って行った。」
とされており、「7、8歳になる妹」は銃剣で刺されたとされているが、殺されたとまではされていない。そして、わが国で一般に市販されている英和辞典によると、原文にある bayonet の単語は「(銃剣で)突き殺す」という意味のみならず「銃剣で刺す」という意味にも用いられているから、石田のような翻訳も十分に可能である。

そうすると、フィルム解説文から「7、8歳になる妹」が殺害され死亡したと一義的に理解することはできず、マギーが「7、8歳になる妹」と「8歳の少女」を別人として記録したともいえないから、フィルム解説文の記載内容から「原告は『8歳の少女』ではない」という事実は立証されない。

2   マギーの日記から「原告は『8歳の少女』ではない」という事実が認められるか

  マギーフィルムが発見された1991年(平成3年)7月の直後、マギーが昭和12年12月12日から昭和13年2月初旬までに書き綴った日記が発見され、ノンフィクション作家の滝谷二郎は、これを資料とした著作「目撃者の南京事件   発見されたマギー牧師の日記」(平成4年12月1日発行)を出版したこと、この薯作においてマギーの昭和13年1月30日の日記として次の記述があり、ここでは「8歳の少女」は家主マーの娘とされていることが認められる。

  「12月13日。南京市内の南東にある新街口五番地にある家に、日本兵30人が押しかけました。(中略)家主マーの8歳になる娘は重症を負いましたが、母親の死体に隠れて助かりました。」

しかしながら、現在マギーの日記として公刊されている英語の文献には、助かった8歳の娘について「 The eight year old girl 」とあるのみで、同女が家主マーの娘であることを示す記述は存しないことが認められる。

  またこの英語の文献がマギーの日記を正確に紹介したものであるとすると、滝谷二郎が上記「目撃者の南京事件」で紹介した日記の内容と相当程度異なっているが、本件において「目撃者の南京事件」で引用されているマギーの日記に該当する原文の資料は証拠として提出されていない。

  したがって、マギーがその日記で「8歳の少女」を家主マーの娘と記述した事実は証拠上認められず、マギーの日記から「原告は『8歳の少女』ではない」との事実を認めることはできない。

以上、さらに、その前に、裁判所は東中野の著述の検証から、東中野自身がその8歳の少女は夏氏の妻の子と認識しているはずと述べている。
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