デリの悪あがき(武藤章尋問調書)2
投稿者: yominokuni56 投稿日時: 2007/11/11 21:13 投稿番号: [21565 / 41162]
ハイダー
松井が貴方にそう
話したのですか?
武藤
松井大将がこの話を聞いて部下を怒鳴り付ける場に、私も居たのです。
ハイダー
それでは報告書にはそうした事件が非常に沢山言及されていた訳ですね?
武藤
それほど多くの事件が報告書に書かれていた訳ではなかった。報告書が出てからすぐ、憲兵に対して
そうした行動を止めさせ、参加者を逮捕せよ、との命令がでました。
ハイダー
貴方が命令を出しましたか?
武藤
松井大将が出しました。
ハイダー
その命令が出たのは
貴方が南京を離れる前?か後か?
武藤
我々が式典を挙げるため南京入りをして間もなく、彼は情報を受け取り、すぐに命令を出しました。
ハイダー
報告された事件は1937年11月に起きたモノですか?
武藤
いや、11月ではない。南京入城後に初めて起きたのです。
ハイダー
そうすると、大体何日頃の事ですか?
武藤
12月12日から14日頃の間に入城したので、そうした事件が起き始めたのはこのころだったと思います。
虐殺事件について日本軍の高級将校のうち誰が知っているのか、又、責任者を処罰するに何が行われたかを尋問した。
武藤は南京に入城した2つの軍の内一つ(上海派遣軍)は「朝香宮」が指揮していたこと、南京に関して軍法会議が少なくとも1回開かれたのを記憶していることを明らかにした。
又、尋問官に日本軍の犯罪行為は何千件にも及んだのではないかとの追求に「報告されているのは10件ないし20件だけだ」と繰り返し主張した。
南京での残虐行為で軍法会議にかけられた日本兵の数については、武藤は「思い出せない」と答え、尋問官が「思い出せないというのは、貴方が虐殺事件など少しも重視していなかったからではないか?」と切り返し、米人が「南京大虐殺」を告発する本を出したことについて「職業軍人として、自軍の行動行為を糾弾刷る本が書かれ、そうした出来事が記録されたことを恥じと思わないか?」との問いに武藤は「日本の軍隊にとって恥だと
感じた」と答えるのが精一杯であった。
これは メッセージ 21558 (deliciousicecoffee さん)への返信です.
固定リンク:https://yarchive.emmanuelc.dix.asia/1143582/fn5febg5tbba6a1a6bdbe730v0bix6afc0a9oa29ta4n13_1/21565.html