Re: ペテン国家アメリカ
投稿者: fourdinand 投稿日時: 2007/08/18 15:46 投稿番号: [20664 / 41162]
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%9D%E3%83%84%E3%83%80%E3%83%A0%E5%AE%A3%E8%A8%80
ポツダム宣言に対する日本国政府の対応は、戦争終結の手段として検討する一方で、無条件降伏とされ、いわゆる国体護持(天皇制の維持)について言及されていなかったことから、宣言の受諾をするにしても、その点に関する確保を求める意見を中心に、政府の内部で激しい議論が起こった。
また、当時元首相の近衛文麿を昭和天皇の特使としてソビエト連邦に派遣して和平の仲介を求める構想が進められており(ソビエト連邦は受ける気はなかったものの、アメリカ合衆国・イギリスと協議しヤルタ協定でソ連対日宣戦布告まで大日本帝国の申し出を放置する事に決定していた)、それに対するソビエト連邦政府の返事を待つとの見方もあり、結局、ポツダム宣言の黙殺を決めた。
駐スイス武官・藤村義朗とOSS部長アレン・ウェルシュ・ダレスが3月から終戦工作を進めていたにも拘らず、外務省が無視し、ヒロシマとナガサキの悲劇を招く事態になった事は余り知られていない事実である。[要出典]
これは メッセージ 20660 (devil_snr さん)への返信です.
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