南京大虐殺・従軍慰安婦強制連行の嘘

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アジアの教科書 タイの教科書2

投稿者: yominokuni56 投稿日時: 2007/07/14 10:18 投稿番号: [20039 / 41162]
イギリスではスパサワトウォンサニット・サワディワット親王が自由タイ運動の指導者となった。

在英タイ人留学生の大部分はこの運動に参加し、イギリス政府の援助を受けた。アーナンタ・マヒドーン王の名代であるプリディ・パノムヨン摂政はタイ国内に抗日地下部隊を設立した。

そして、アメリカやイギリスの自由タイ運動と連絡をとり、さまざまな行動を起こした。たとえば、日本の兵力や動向に関する情報を連合国側に提供したり、破壊活動によって日本軍の通行を妨害したり、また、日本軍を拘引したりして連合軍を援助した。

日本軍が敗北した仏暦2488年(1945)8月16日プリディ・パノムヨン摂政は国会の同意にもとずき、仏暦2485年(1942)1月25日の対英米宣戦布告は無効であると宣言した。

また、日本がタイに譲渡した英領マラヤやビルマをイギリスに返還すると提案した。(日本が譲渡したサイブリ、ケランタン、トレンガヌ、プルリスのマラヤ4州=煮日音政府がマラヤより割譲した4州これらはイギリスがタイよろ譲り受けたビルマのシャン族の領土である,仏暦2489年(1946)タイに返還された)アメリカ政府はタイの宣戦布告が無効であることを即時に認めた。

そのため講和条約に署名する必要はなくなった。こうしてタイは対米宣戦布告の責任から逃れた。

一方イギリス政府はタイが日本に協力したので日本がマラヤ、シンガポールで容易く勝利を収めたとみなしていた。そして再びイギリスがビルマを支配する為の軍事基地としてタイを利用しようとした。
イギリスはタイに多項目にわたる要求を提出した。アメリカ政府の介入する所となり、イギリス政府に対して要求を減らすよう申し入れがなされた。
交渉終結は仏暦2489年(1946)1月1日シンガポールでタイと大英帝国およびインドとの間の戦争状態終結という完全合意の調印をもって行われた。

重要項目の要約
1. タイは第二次大戦中に獲得した英領マラヤとビルマをイギリスに返却する。
2. タイはイギリスに対して150万トンの精米を無料で提供すること。
3. タイはクラ地峡にタイ湾とインド洋をつなぐ運河をイギリス政府の事前承諾なしに建設してはならない。
4. イギリスとインドはタイが国際連合に加盟することを支援する。
5. 戦争中にタイに押収され、損害を与えられたイギリスの財産を賠償すること。
これについでタイはオーストラリア(仏暦2489年4月3日)フランス(仏暦2489年11月17日)オランダ(仏暦2490年1月30日)とも平和合意に調印した。フランスとの平和合意により、東京平和条約によって得ていたインドシナ領土をフランスに返却しなければならなかった、その結果タイの国際連合加盟に反対はしないこととなった。
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