Re: 被爆、いくつかの疑問
投稿者: fukagawatohei 投稿日時: 2007/06/26 20:43 投稿番号: [19568 / 41162]
>気を失っていたということですか。>
父が運よく救助されたのは、恐らく被爆した場所が病院だったからだと思います。
今の日本人であれば、あるいは、(病人などほっとけ)と言って、放って
おくかもしれませんが、当時の日本人の性格から、(まず、病人や
お年寄り、子どもを助けよう)という人が多かったのではないでしょうか。
父は爆発の衝撃で、運よく病院のベットに下に転がった為、崩壊した建物の下敷きにならずにすんだそうです。
父は気を失い、しばらくして、気が付いた時に、彼の視野の中で生存している人は一人しかいなっかたそうです。
数百人入院しているなかで、助かったのは父とそのもう一人だけかもしれません。
父は外国映画の(ベンハー)にでてくるような、屈強な体格をしてましたが、当時結核を患い、衰弱していました。
病院の建物が全て吹っ飛ぶ衝撃の中で自分の足で立つ事はできなかったでしょう。
父は救護所からでると、畑のカボチャを食べながら生きながらえていたそうです。
カボチャは原爆の熱でこんがりと焼け、おいしかったと言ってました。
つまり、ヒロシマ全体が、原爆によって、まるで電子レンジでチンされたようなものではないでしょうか。
最近、核武装すべきと言う日本人が増えているように思いますが、そういう人は一度自分で電子レンジに入ってみるべきでしょうね。
自分が痛い目に合わなければ、人の痛みは分からないものなのでしょう。残念ですが、それが現実だと思います。
これは メッセージ 19567 (monkeybrain132 さん)への返信です.
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