ペテン学者藤岡某の素顔
投稿者: fukagawatohei 投稿日時: 2007/06/22 17:00 投稿番号: [19404 / 41162]
(wikipedia参照)
(藤岡某は)湾岸戦争以前まで日本共産党員であり、講演活動を活発に行っていたが、ソ連崩壊と共に共産党を離れ、思想的にも社会主義を真向から否定する姿勢に転向した。湾岸戦争の時の日本の採った態度一国平和主義に平和運動の限界を感じ、保守陣営に身を投じるようになった。転向以前は、政治的教育的に現代の彼の正反対の立場にある歴史教育者協議会(歴教協)の会員でもあった。
なお、東大の教員の間では、アメリカ留学時代に英語が通じなかったことが藤岡の劣等感を生み、独自の強硬路線を主張する契機となったと見ている
「新しい歴史教科書をつくる会」元・名誉会長西尾幹二によると、情熱が知性より先走るタイプであるが、肝心のところでは、意気地が無く、将たる器ではないとされる。実際、八木秀次副会長の下では、「つくる会」の評議会で、公然と面罵されるがままであったらしい。もっけの幸いの怪文書事件で、八木が副会長を辞任することなり、彼が現副会長職にあるが、既定路線どおり八木が会長に昇進していれば、彼の昇進は無かったであろうとされる
1997年頃にジー・オーグループの大神源太社長から社員研修に講演の依頼があり、藤岡の著作に心酔していた大神と意気投合。それ以来、グループが発行する広報誌や機関紙に藤岡は連載を持っていたが、2002年にグループによるマルチまがい商法の被害が問題化し、グループは経営破綻。被害者弁護団は藤岡に対し、藤岡にもグループの悪徳商法に加担した責任の一端があると提訴した。これに対し、藤岡は「勧誘のための広報誌とは知らなかった」と弁解すると共に訴訟を政治的なものであると反論、徹底的に争う姿勢を見せた。
(まあ、何とも、怪しげな人間じゃの。善良な日本人であれば、この人物の発言が日本の国益をどれほど危うくしているかという事に気がつかなければならない。)
これは メッセージ 1 (the_super_aikokusya さん)への返信です.
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