Re: だめだ、ループモードにはいっちゃった
投稿者: sinnjitu_itiro 投稿日時: 2007/06/04 01:58 投稿番号: [18797 / 41162]
>恥知らずなゴマカシは止めろよ。ベイツは「南京大虐殺の被害者総数が市民1万2千人だ」と主張したのか?
違うだろ?
インテリジェント・デザイン説信じるような輩ならともかく、普通の人間にはそんな稚拙な詭弁は通用しないんだよ。
南京事件
東中野
修道著
戦争プロパガンダで見る
国民党中央宣伝部の秘密資料を基に、南京大虐殺が東京裁判で事実と認定されたからくりをひもといている。「戦争プロパガンダ」の視点で戦争の経緯を見ることで、著者は初めて多くの矛盾が理解できたという。例えば、当時、南京にいた外国人の代表を務めたドイツ人のベイツ南京大教授は、匿名では日本軍が捕虜三万人と市民一万二千人を殺害したと言っていたが、公式な批判はしていない。中央宣伝部は「二十万人虐殺」を公表したが、秘密文書では全く南京大虐殺に触れていない。つまり、宣伝と事実を使い分けていたのである。ちなみに、ベイツ教授は後に中華民国政府顧問だったことが判明する。
国民党は早くから南京を守り切れないと分かっていた。そこで、日本軍の暴虐性を世界に宣伝することを第一目的とし、外国人への工作を進めた。特に記者たちとは頻繁にお茶会を開き、情報を提供していた。南京大虐殺を最初に報じたのは一九三七年十二月の米国・シカゴの新聞だが、その記者も事実を確認したわけではない。東京裁判で証言したマギー師も自身では一件の事件も目撃してはいない。
後々、資料として引用されるようになるのは、南京陥落一カ月間の目撃談を集め、三八年七月に英国と米国で英文出版された『戦争とは何か』だが、編者のティンパーリ記者は中央宣伝部の顧問だった。国民党に金をもらって書いた本である。そのため、東京裁判の証言でベイツ教授は同書に触れていない。また、最初に虐殺を報じた記者は証言台に立とうとしなかった。
蒋介石は南京死守を公言していたが、最高司令官の唐生智(とうせいち)将軍は陥落前夜に指揮官らと逃亡した。しかも、敵前逃亡の唐将軍は、後に国民党によって処刑されたと報じられたが、実際は生き延び、共産党に入って重職を歴任している。共産党の工作が国民党上層部にまで進んでいたのだ。
結局、日本は情報戦で国民党に負けたことになる。しかも、情報敗戦は今も続いており、中国によって国論が分断されようとしている。
多田則明
http://www.worldtimes.co.jp/syohyou/bk060702-3.html
これは メッセージ 18796 (cheap_thirll さん)への返信です.
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