南京大虐殺・従軍慰安婦強制連行の嘘

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Re: 昭和天皇 - 横にて失礼

投稿者: anti_mainas_shikou 投稿日時: 2007/05/03 00:57 投稿番号: [18307 / 41162]
>三笠宮殿下は1943年1月から1944年1月までの1年間、南京にあった
支那派遣軍司令部に参謀として勤務してますね。

>三笠宮は(特に対支新政策の具現を監視せしめ)という、天皇直々の重大任務を
帯びていたそうですね。

>これは、つまり、三笠宮は(中国の戦況を監視して報告せよ)との命令を
天皇から受けていたという事ではないですか。


そうですか、文面では

「私がことしの1月初め、東京を出発いたしますとき、
参内しましたところ、陛下には新方針の決定を非常に満足に思し召されていましたが、
その実行については、ことにご心配のご様子に拝察しました。・・・」


とあって、直接の指令は受けてないようですが。

1943年〜1944年といえば戦争末期、南京では戦争はありません。
対支新政策は中国にある日本軍を太平洋戦線に引き抜くために、汪兆銘政権を自立させ強化させたい、
かつ、汪兆銘政権をの対米英に参戦させたいという、目的を持った政策のようです。

監視ではなく、実務のようですよ。


三笠宮は、身分を秘匿して若杉という別名を用いていました。
総司令部では、三笠宮が着任する前に、「若杉参謀取り扱いに関する件」という通達を部内に流し、
こと細かに三笠宮との接し方が書かれていたそうです。

・・・
「43年夏のある日、広東の第23軍司令部での訓示

  三笠宮は、はじめから卓をたたき、声が震えるほどの激烈な口調で。
『軍は日支親善を説いたり、東洋平和をいうが、中国民衆に対して、あのように暴戻をすることは何事であるか』

  着任してから半年間、各地の戦場を視察して、この自分の目が見てきたことだと前置きし、
軍の破壊行為の数々、家を焼かれ、職を失い、路頭に迷う中国民衆の惨状を克明に述べた。

『本来の趣旨ではなく、まったく逆のことをやっている。お前たちが悪い。反論のある者は遠慮なく申し出てくれ』
  司令官をはじめ、全員シュンとして声はなかった」
(毎日新聞の益井康一特派員が耳にした話)

・・・
43年の暮れ、尉官教育の実施が通知された。
テーマは、「何故に支那事変の解決が遅れるか」ということで、担当は三笠宮であった。

尉官教育の形式としては異例なのだが、事前に教育参加者にテーマに対する回答を提出させた。
・・・
登壇した三笠宮は、冒頭、きわめて激烈な調子でいった。
「現時戦争遂行の状況下において、諸官が、もし軍の態度に関し忌憚のない批判を加え、あるいは、
これに対する公平な意見を吐いたとしたならば、諸官の手はおそらく後ろに回り、
憲兵に引き立てられてしまうであろう。したがって、その部分は自分が述べるつもりである」

三笠宮から自分の提出した回答書を手渡された沢井中尉の顔は輝いていた。精一杯の声で読み上げる。
間髪をいれず、三笠宮も声を張り上げた。

「日本軍が皇軍と称するにもかかわらず、戦場での実際の態度はどうだ。
略奪、暴行、放火など、最も皇軍名に反する行為をやっておるではないか。

こんなことで支那事変は解決するはずがない。
いま、直ちにこうした過ちを正し、真の皇軍に徹することこそが、支那事変を解決する鍵なのだ。
ただ1人、この点に着目して回答した沢井中尉に満腔の敬意を表する」


長くなるから止めますが、これが、昭和天皇から受けた密命でしょうか?
これが、昭和天皇の密命なら、昭和天皇は平和主義者ということになりませんか。
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