南京大虐殺・従軍慰安婦強制連行の嘘

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Re: 治外法権

投稿者: anti_mainas_shikou 投稿日時: 2007/04/26 22:31 投稿番号: [18205 / 41162]
>武力で脅かして一方的に相手国に押し付けたものが真に有効であるはずがない。
  中国が横浜やロンドンやニューヨーク、マルセイユなどに租界を持っていましたか??


租界のことは昨日書いたので、こんどは前半の

>武力で脅かして一方的に相手国に押し付けたものが真に有効であるはずがない。

に行こう。


中国は武力で脅かして一方的に相手国に条約を押し付けてないとでも思ってるの??
チベットを武力で脅して一方的に17か条協定を押し付けているのだけどね。

1950年、人民解放軍が大挙チベットに押し寄せた。   翌年、北京に呼ばれたチベット代表団は
「調印しなければ戦争だ」   と脅迫され、「平和解放条約」   に調印させられた。

そこには自治権やダライラマの地位保証、信仰の自由などが記されていたが、
調印後すぐにそれらの 「約束」 は破られた。


当時のチベット代表団の通訳を務めたタクラ(P.T. Takla)氏は

当時、解放軍はすでにチベットカム地区の中心都市チャムドを占領し、ラサに迫る勢いを示していた。
この状況下において、チベット政府は北京へ代表団を派遣して交渉のテーブルに就くほかに
選択肢は残されていなかった。

北京に到着した代表団は中国側が前もって作成を終えていた協定の文面に署名するよう脅迫された。
中国側の代表団主席李維漢は、テーブルを叩いてこう怒鳴った。

「署名しなければ、解放軍に打電してラサを攻撃させる。
おまえたちは平和と戦争のどちらを選ぶか」


自分たちの責任で 「協定」 に署名するか、あるいはラサへの即時侵攻を受け入れるか、
代表団は苦しい選択を迫られた。

1951年5月23日、チベット政府に知らせるすべのないまま、また中国の重圧の下、
チベット代表団は 「中央人民政府とチベット地方政府のチベット平和解放に関する協定」 に署名した。



亡命チベットのホームページでは

「中共軍のチベット侵入の後、結ばれたこの協定は、
武力によってチベットの人民及び政府に押し付けられたものである。

それは、自分たちの自由な意思によって受け入れたものでは決してなかった。
我が政府の同意は、強迫と銃剣を付きつけられてなされたものであった。

わが代表団は、中共軍のチベットに対する一層の武力行使と
それによる我が国の全面的な破壊と荒廃という強迫を受けて協定調印を余儀なくされた。」
(1960年6月20日ダライ・ラマ記者会見より)

「チベット代表団は、隔離され何ら助言も与えられず、ついに強制に屈服して文書に署名した。
だが、彼らは、同文書の効力発生に必要とされた印章の捺印を拒否した。

しかし、中共側は、北京でチベット代表団の印章の複製を偽造し、
それでもって文書に捺印するよう代表団を強制した」(ダライ・ラマ自伝より)

http://www.tibethouse.jp/international/19510523_17agreements.html

とある。
  あなたは、「武力で脅かして一方的に相手国に押し付けたものが真に有効であるはずがない。」

と言ってるけど、
中国は、それでもってチベットを支配しているのだがね?

しかも、これは過去の話ではなく、現在進行形だよ。
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