大虐殺
投稿者: kanbaku9999 投稿日時: 2007/03/31 00:15 投稿番号: [17439 / 41162]
日露戦争での乃木軍による中国人虐殺、東条関東軍参謀長指揮の部隊によるチャハル虐殺事件、南京大虐殺、シンガポールの華僑虐殺など日本軍による他民族虐殺は色々ありますが、顧みて日本政府、軍部による日本人大虐殺は、、、
太平洋戦争の約150万の戦死者の半数以上が餓死又は栄養失調による病死だったと言う。こういう事は世界の戦史でも例を見ない。
加登川幸太郎元陸軍中佐(北支那方面軍参謀、陸軍省軍事課、フィリピン派遣35軍参謀を歴任):「兵隊がタマに当たって死んだのなら仕方がないが、食糧がなくなって飢え死にしたというのは全く救いがない。」
「私が知っている限りでも東部ニューギニアの第15軍が十数万、フィリピンが30万位、ガダルカナルでも2万の兵士が餓死している、、、ぼくがいたレイテの戦場でも半分以上は餓死で亡くなった。」
「白骨街道」のビルマ従軍の元陸軍兵長黒岩正幸「インパール兵隊戦記」:
「准尉は言い放った、『今後、自力で歩けなくなったものは自決せよ』」
「歩けなくなった病兵の生々しい会話が聞こえてきた、『早く自決せんか』と怒鳴る声が聞こえる。病兵が細い声で『自決はゆるして下さい』と哀願している。また怒鳴る声が聞こえる。すすり泣きが聞こえる。やがて銃声がした。」「路傍には行き倒れの日本兵の死体がにわかに増え、、、腰の曲がった老婆のように体を折り曲げ杖にもたれてヨロヨロと歩いているもの、、、肩の傷口にウジが盛り上がり体がゆれるたびにウジがこぼれ落ちている、、、泥の中に座り込んで両手を前につき、『コメを下さい』とコジキの様に呼びかける若い兵士もいた」
昭和20年2月、既に米軍が硫黄島に上陸しようとしている頃、東條閣下は天皇陛下に「成功、不成功は相半ば、陛下の赤子なお一人の餓死者ありたるを聞かず」と奉答、真実をご存知だった昭和天皇は不愉快な表情をされたと言います。
補給も尽きてあてのない彷徨を続ける日本軍兵士。
投降して国際条約で定められている戦時捕虜の保護を受けさせる事など論外で、敵ですら賞賛した勇敢さで戦った忠勇無比の日本の兵士にこんな戦争さをさせ、惨めに死なせた連中の責任を問わないどころか、神社に祀って拝んでいるのですよ。
これは メッセージ 1 (the_super_aikokusya さん)への返信です.
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